「介護ロボット」「見守りセンサー」など、介護の現場でテクノロジーの話題を耳にする機会が増えてきました。
一方で、「ウェルフェアテクノロジー」という言葉を聞くと、
「普通の介護機器と何が違うの?」
「AI やロボットを入れれば、それは全部ウェルフェアテクノロジーなの?」
と感じる方も多いのではないでしょうか。
この記事では、デンマークで生まれた「ウェルフェアテクノロジー」という考え方を手がかりに、“人を幸せにする支援技術”とは何かを、福祉・AI 分野の初学者の方にもわかりやすく整理します。
【この記事でわかること】
- ウェルフェアテクノロジーの基本的な意味と背景
- デンマークが福祉領域でテクノロジーを活用してきた理由
- 高齢者介護・障害福祉で使われている具体的な技術のイメージ
- 「人を幸せにする支援技術」としてテクノロジーを見るための視点
- 日本の福祉現場・AI 活用にどうつながるのか
ウェルフェアテクノロジーとは何か?
北欧で生まれた「福祉を支える技術」という枠組み
「ウェルフェアテクノロジー(welfare technology)」は、主に北欧諸国で使われている用語です。
高齢者や障害のある人の 安全・自立・生活の質(QOL)を高めること、そして職員の業務やケアの質を支えることを目的とした、幅広い技術や仕組みを指します。

たとえば、次のようなものがウェルフェアテクノロジーに含まれるとされています。
- センサーや見守りカメラを使った在宅見守りシステム
- 自動で洗浄・乾燥まで行うトイレ
- 移乗を助けるリフトや歩行支援ロボット
- テレケア・オンライン診療・遠隔リハビリ
- 高齢者同士や家族とのコミュニケーションを助ける ICT ツール など
単なる「便利な機械」ではなく、福祉サービスそのものを支えるインフラとしてのテクノロジーというのがポイントです。
「介護ロボット」と何が違うのか?
日本では「介護ロボット」や「介護テクノロジー」という言葉がよく使われますが、ウェルフェアテクノロジーはそれよりも少し広い概念です。
- 介護ロボット
- ロボット技術を用いた機器(移乗リフト、見守りロボットなど)に焦点が当たりやすい
- ウェルフェアテクノロジー
- ロボット・ICT・アナログな福祉用具も含めた「福祉サービス全体を支える技術」
- 生活環境の設計や、サービスの仕組みづくりも含めて議論されることが多い
つまりウェルフェアテクノロジーは、「どんな技術か」だけでなく、それがどんな福祉サービスを実現するのかまで含めた枠組みだと言えます。
デンマークがウェルフェアテクノロジーに力を入れる背景
高福祉国家が直面した「人手不足」と「財政負担」
デンマークは税と社会保障の負担が高い代わりに、医療・介護・教育などの多くが公的サービスとして提供される「高福祉国家」です。高齢化の進行に伴い、介護ニーズの増大と、支える人の不足・財政負担の増加が大きな課題となりました。
「今の仕組みを人手でがんばって維持する」のではなく、
テクノロジーを賢く使いながら、生活の質と制度の持続可能性を両立させる。
そのためのキーワードとして、ウェルフェアテクノロジーが位置づけられてきました。
国家戦略としての「デジタル・ウェルフェア」
2010年代には、デンマーク政府と自治体が共同で「デジタル化とウェルフェアテクノロジーに関する国家戦略」を策定し、
- 在宅ケア
- 高齢者介護
- 障害福祉
などで、デジタルソリューションやウェルフェアテクノロジーを計画的に導入する方針が示されました。
単に機械を買うのではなく、
「どの技術を、どのケアの場面で、どんな効果を期待して使うのか」を政策レベルで整理している点が特徴です。
「3つのゴール」で技術を評価する
コペンハーゲン市のウェルフェアテクノロジー計画では、技術導入の目的として、次の 3 点が掲げられています。
- 利用者の生活の質を高めること
- 自分でできることを増やし、安心して暮らせるようにする
- 職員の働く環境をよくすること
- 腰痛などの身体負担を減らし、コミュニケーションに時間を回せるようにする
- 公的資源の使い方を最適化すること
- 同じ、あるいはそれ以上のケアの質を、限られた予算と人員で維持すること
この「三つ巴」で考える発想は、後で紹介する日本の現場での技術導入にも、そのまま応用できる視点です。
デンマークのウェルフェアテクノロジーの具体例
生活の自立を支える技術
デンマークの高齢者介護現場では、次のような機器が広く使われている例として挙げられます。
- 温水洗浄機能付きトイレ(ウォッシュレット型トイレ)
・トイレ動作の自立を支え、プライバシーと尊厳を保つ - 天井走行リフト
・天井にレールを埋め込み、利用者を安全に移乗できる
・介護職員の腰痛予防にも役立つ - スタンディングリフト・起立補助機器
・利用者自身の筋力を使いながら立ち上がりを支援し、身体機能維持を図る

いずれも、「できないところをすべて機械に任せる」のではなく、
「できる力を活かしながら、危険な部分だけを機械が支える」設計思想が見えてきます。
安全と見守りを支える技術
北欧各国では、センサーや通信技術を使った見守り・遠隔支援もウェルフェアテクノロジーとして位置づけられています。
- 夜間の徘徊や転倒を検知するセンサー
- 在宅高齢者の睡眠・活動状況を把握するベッドセンサー
- 在宅での遠隔モニタリングやオンライン相談
これらは、
- 利用者:自宅での暮らしを続けながら、安心感を得られる
- 家族:ずっと張り付いていなくても、必要なときに駆けつけられる
- 職員:訪問の頻度やタイミングを最適化できる
といった複数の立場のメリットを生み出す仕組みとして位置づけられています。
コミュニケーションと参加を支える技術
ウェルフェアテクノロジーは、身体のケアだけでなく、社会参加やコミュニケーションも支援します。
北欧の政策ブリーフでは、健康・福祉テクノロジーは、
- 社会参加
- 自立
- コミュニケーション
を支える手段となり得ると整理されており、孤立の防止やメンタルヘルスの観点からも重要視されています。

オンライン面会や、離れて暮らす家族とのビデオ通話、地域活動へのオンライン参加などは、日本でもすでに身近になりつつある例と言えるでしょう。
「人を幸せにする支援技術」という視点
技術の導入は「誰のための幸せか?」から考える
デンマークの研究者や政策文書では、ウェルフェアテクノロジーは単に効率化のためではなく、人の自立と尊厳を支える手段として語られます。
重要なのは、次の三つの視点を同時に見ることです。
- 利用者自身のウェルビーイングが高まるか
- 介護者・職員の働きやすさが向上するか
- 自治体や事業者にとっても、持続可能な仕組みか
どれか一つだけが満たされても、長期的にはうまくいきません。
「みんなにとって“ちょうど良い”落としどころを探る」ことが、ウェルフェアテクノロジーの設計思想と言えます。
「人を置き換える」のではなく「人を支える」
ウェルフェアテクノロジーをめぐる議論では、
- 人間のケアを機械に置き換えるのではないか
- 監視やプライバシー侵害につながるのではないか
といった懸念も指摘されています。
北欧の政策ブリーフでは、技術導入にはユーザー参加や倫理的な配慮が不可欠であり、利用者の生活文脈を深く理解したうえで意味のある使い方を模索する必要があるとされています。
「人間同士の関係性を豊かにするために技術を使う」
——この順番を間違えないことが、「人を幸せにする支援技術」を考えるうえでの鍵になります。
日本の福祉現場でウェルフェアテクノロジーを活かすには
現場職員・当事者・自治体の「三者で考える」
大阪大学の研究プロジェクトでは、日本とデンマークの介護現場を比較し、自立支援型介護とテクノロジー活用が先進国共通の潮流であることが指摘されています。
その中で強調されているのが、
- 政策(制度の標準)
- 現場職員の裁量
- 利用者一人ひとりのニーズ
という三つのレイヤーの間で起こる「ずれ」をどう埋めるか、という視点です。
デンマークでは、テクノロジー導入のプロセスに、
- 介護職員の労働組合
- 高齢者の当事者組織
などが参画することで、「使う側」と「使われる側」が一緒に政策をつくる仕組みが構築されています。
日本の現場でも、
- 事業者やメーカーだけでなく、利用者・家族・職員・自治体が一緒にテーブルにつく
- 「現場の小さな不便」から出発し、テクノロジーで解決できるところを少しずつ探る
といったプロセス設計が、ウェルフェアテクノロジー的な発想に近づく第一歩になります。
小さく試し、学びをためる
北欧の報告書では、ウェルフェアテクノロジーの導入は「一度入れて終わり」ではなく、試行・評価・改善のサイクルが重要だとされています。
日本の事業所レベルでできる工夫としては、たとえば次のようなステップが考えられます。
- 「困りごと」からスタートする
- 夜間の転倒が多い
- 記録業務に時間が取られている など
- その課題に合うテクノロジー候補を、複数比較する
- 少人数・短期間で試験導入する
- 利用者・家族・職員・管理者のそれぞれの視点から効果と課題を評価する
- 成功・失敗の学びを記録し、次の導入に活かす
このように、「小さく試して学びをためる」こと自体が、ウェルフェアテクノロジーの実践と言えます。
AI とウェルフェアテクノロジーのこれから
AI は「新しいウェルフェアテクノロジー」の一部になり得る
近年は、見守りカメラの映像解析や、支援記録の自動作成、個別化されたリハビリ・認知トレーニングなど、AI を組み込んだウェルフェアテクノロジーも増えつつあります。
AI は、
- データのパターンを見つけること
- 繰り返し作業を自動化すること
が得意なため、福祉現場では特に次のような場面で力を発揮しやすいと考えられます。
- 24時間の見守りデータから、異常な変化を早期に察知する
- 記録・報告書作成の一部を自動化し、対人支援の時間を増やす
- 利用者ごとの状態に合わせて、運動や認知課題の内容を最適化する

忘れてはいけない「倫理」と「プライバシー」
一方で、AI やセンサーを使った見守りには、
- プライバシーの侵害
- 監視されている感覚のストレス
- データの扱いに関する不安
といった課題も伴います。
北欧の政策文書でも、健康・福祉テクノロジーの導入にあたっては、
- デジタル排除への配慮
- 安全性・倫理性の検討
- 利用者参加にもとづく設計
が重要だとされています。
AI が「人を幸せにする支援技術」になるかどうかは、
技術そのものよりも、それをどう設計し、どう使うかにかかっていると言えるでしょう。
まとめ:ウェルフェアテクノロジーは「人を真ん中に置く技術」
最後に、記事のポイントを整理します。
- ウェルフェアテクノロジーは、北欧で生まれた 福祉サービスを支える幅広い技術の枠組み
- コペンハーゲン市では、
1)利用者の生活の質、2)職員の働きやすさ、3)資源の最適化
の三つを同時に満たすことを目標に掲げている - デンマークの現場では、トイレ・リフト・センサー・テレケアなど、多様な技術が 自立支援と安全のために 使われている
- 「人を幸せにする支援技術」としてテクノロジーを見るためには、
- 利用者
- 介護者・職員
- 自治体・事業者
の三者にとって意味があるかどうかをセットで考える視点が重要
- 日本の福祉現場でも、
- 現場・当事者・自治体が一緒に考える仕組み
- 小さく試して学びをためるプロセス
を通じて、ウェルフェアテクノロジー的な発想を取り入れていくことができます
テクノロジーが主役ではなく、「人の生活」と「ケアの関係性」が主役。
その主役を支える脇役として、AI やロボット、センサーをどう活かしていくのか。
やすまさパパゲーノAI福祉研究所としても、今後の連載や事例紹介を通じて、
日本の現場で「人を幸せにする支援技術」を一緒に考えていければと思います。










