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なぜ「支援」と「支配」は紙一重なのか?【パターナリズムの罠】

福祉や医療の現場で、こんなモヤモヤを感じたことはないでしょうか。

職員

利用者さんのためにと思ってやっているけれど、ふと『これって押しつけになっていないかな?』と不安になる…

この記事では、支援者の善意がいつの間にか「支配」に変わってしまう仕組みを、「パターナリズム」というキーワードから解説します。
そのうえで、現場で今日から使える「パターナリズムを避けるための視点」と、「AI時代ならではの新しいリスク」についても触れます。

結論を先にまとめると、

  • 「支援」と「支配」は、相手の意思をどれだけ尊重しているかで分かれる
  • 善意だけでは、パターナリズムの罠を避けることはできない
  • 小さな「聞き方・決め方」の工夫と、チームでの振り返りが大きな差を生む

というポイントをお伝えしていきます。

目次

「支援」と「支配」が紙一重と言われる理由

支援とは「その人の人生を、その人のまま生きられるようにすること」

福祉分野でいう支援は、簡単に言えば「その人が自分らしく生活できるように応援すること」です。
生活・就労・人間関係・健康など、その人の困りごとや希望を一緒に整理し、必要なサービスや工夫を考えていきます。

ここで大事なのは、「主役はあくまで本人」という視点です。
支援者は、本人の選択や決定をサポートする立場にあります。

支配とは「決める権利を奪ってしまうこと」

一方の支配は、相手のためと言いつつ、本人が決める権利やペースを奪ってしまうことです。露骨な暴力や脅しだけが支配ではありません。

  • 「その考え方はダメです。こうするべきです」
  • 「あなたのためだから、ここに通ったほうがいいですよ」
  • 「この仕事は向いていないから、別の作業にしましょう」

こうした言葉自体は、一見すると善意のアドバイスにも見えます。
しかし、本人の意思確認や納得のプロセスが抜け落ちているとき、支配に近づいていきます。

共通点と決定的な違い

支援と支配には、共通点もあります。

  • どちらも「相手のため」と言われることが多い
  • どちらも「困っている人」を対象としていることが多い

決定的な違いは、次の2点です。

  • 本人の意思・希望をどれだけ聞いているか
  • 最終的な決定の主導権がどちらにあるか

同じ行為でも、本人の合意があるかどうかで意味が変わります。
ここで出てくるのが「パターナリズム」という考え方です。

パターナリズムとは?基本概念をやさしく解説

パターナリズムの定義

倫理学や医療倫理で使われる「パターナリズム」は、一般に次のように説明されています。

強い立場にある者が、弱い立場の者の利益になるという理由から、本人の意思に反して行動に介入・干渉すること

日本語では「父権主義」「家父長主義」などと訳されます。

つまり、

「あなたのためだから」と言いながら、
本人の意思確認や同意を十分に行わず、強い側が一方的に決めてしまう

このような状態がパターナリズムです。

医療・福祉の現場で起こりやすい理由

医療・福祉の現場では、支援者と利用者の間に、どうしても「立場の差」が生じます。

  • 専門知識の差(情報格差)
  • 制度やサービスをコントロールする側かどうか
  • 書類・契約・お金の流れを把握しているのは支援者側

このような状況では、支援者が「これは絶対に本人のためになる」と信じているほど、
無意識のうちにパターナリズムに傾きやすくなります

「善意」が危険になる瞬間

パターナリズムが難しいのは、多くの場合、出発点が善意であるということです。

職員

「危ないからやめておきましょう」
「失敗すると大変だから、こっちにしておきましょう」

もちろん、リスクを伝えること自体は大切です。
しかし、「危ないからやめよう」と支援者が決めてしまうと、本人の経験や学びの機会を奪うことにつながります。

福祉現場で起こりがちなパターナリズムの具体例

※ここでは、特定の個人・団体を想定したものではなく、一般的によく話題に上る場面を抽象化して紹介します。

生活支援の場面

職員

その服装は人に変に見られるから、こっちにしましょう

本人

でも、こっちが好きなんです

職員

あなたのためだから。今日はこれで行きましょう

身だしなみや衛生は大事ですが、どこまでが健康・安全上の配慮で、どこからが価値観の押しつけなのかは微妙なラインです。

就労支援・相談支援の場面

職員

「一般就労は無理だから、最初からB型にしましょう」
「あなたの特性なら、この作業が向いています」

支援者の経験から「このほうが安定しやすい」と感じることはあります。
しかし、本人がまだ試してもいない選択肢を、最初から「無理」と決めつけてしまうと、パターナリズムになりやすくなります。

家族・専門職が陥りやすいパターン

家族

あの子は一人暮らしなんて絶対に無理です

支援者

ご家族がそう言うなら、今はやめておきましょう

家族の不安自体はとても自然なものです。
ただし、不安がそのまま「禁止」に変わるとき、本人が選択肢を検討する機会が消えてしまいます。

なぜ「支援」が「支配」に変わってしまうのか

権力差と情報格差

支援者は、制度・サービス・手続きについての情報を多く持っています。
この「情報を持っている側」が「情報を持っていない側」に指示を出す構図は、どうしても支配に近づきやすくなります。

  • 申請の可否を決める
  • サービス利用時間を調整する
  • 記録を書く・判断を文章にする

こうした権限を持っているだけで、支援者の言葉には重みと圧力が生まれます。

「正しさ」へのこだわり

支援者も人間なので、「自分の考えが正しい」と思いたくなります。
専門職としての責任感が強い人ほど、なおさらです。

しかし、「正しいはずだ」という思い込みが強くなるほど、

  • 本人の意見を「誤解」とみなしやすい
  • 違う価値観を「間違い」とラベリングしてしまう

という落とし穴があります。

忙しさ・制度がつくる構造的な要因

現場の忙しさや人員不足も、パターナリズムを後押ししやすい要因です。

  • ゆっくり話を聞く時間がない
  • 行政への報告期限が迫っている
  • 多くの利用者さんを限られた時間で対応する必要がある

このような状況では、「とりあえず支援者が決めたほうが早い」となりがちです。

結果として、
本人の意思を丁寧に確認しないまま物事が進み、支援が支配に近づいてしまいます。

パターナリズムを避けるための4つの視点

ここからは、現場で実践しやすい「4つの視点」を紹介します。

① 意向・希望を丁寧に確認する

まずは、本人が何を大事にしているのかを理解することが出発点です。

「どうしたいですか?」だけでなく

  • 「何が一番大事ですか?」
  • 「どんなふうに暮らしていけたら嬉しいですか?」

といった質問で、価値観や優先順位を一緒に言葉にしていきます。

② 選択肢とリスクを共有する

支援者が頭の中で「Aがベスト」と決めてしまう前に、いくつかの選択肢を見える化することが大切です。

  • A案:メリット・デメリット
  • B案:メリット・デメリット
  • 今は決めないという選択肢

このように整理すると、本人も自分で選んでいる感覚を持ちやすくなります。

③「決め方」を一緒に決める

ときには、本人が「自分だけで決めるのは不安」と感じることもあります。
その場合は、

  • 「誰と相談しながら決めたいですか?」
  • 「どのくらいのペースで決めていくのが良さそうですか?」

といった、「決め方そのもの」を話し合うのが有効です。

④チームで振り返る仕組みをつくる

個人の善意だけでは、パターナリズムの罠を完全に避けるのは難しいです。
だからこそ、チームで振り返る場が重要になります。

  • ある支援の進め方について、別の職員の視点を聞く
  • ケース会議で「本人の意思は十分に反映されているか」を確認する
  • 「これって、少し押しつけていない?」と感じたときに共有できる雰囲気をつくる

こうした仕組みが、支援と支配の境界を点検する助けになります。

AI時代の新しいパターナリズムのリスク

アルゴリズムによる「見えない支配」

近年、福祉の分野でも、AIによるマッチングや記録の支援ツールが増えつつあります。
AIは大量のデータをもとに「この人にはこのサービスが向いている」などと提案してくれます。

便利である一方で、次のようなリスクもあります。

  • AIの提案が「唯一の正解」であるかのように扱われる
  • なぜその提案になったのか、説明が難しい
  • データに偏りがあると、特定の人を不利に扱ってしまう可能性がある

これは、アルゴリズムによる新しい形のパターナリズムとも言えます。

AI支援を使うときの注意点

AIを活用する場合も、「支援」と「支配」の境界を意識することが大切です。

  • AIの提案はあくまで「候補の1つ」として扱う
  • 本人にも、提案内容とその理由をできる限り丁寧に説明する
  • 「本人の意向」と「AIの提案」が食い違うときにどう話し合うか、あらかじめ決めておく

AIは、支援者の仕事を補助するツールであって、本人の意思決定を置き換えるものではありません

当事者主体のAI活用とは

当事者主体でAIを活用するためには、

  • 本人が自分の情報や記録の扱い方について選べる
  • AIの画面や結果を本人と一緒に見ながら相談できる
  • AIの提案に対して「そうしたくない」と言える余地がある

といった工夫が重要です。
こうした視点があれば、AIは支配の道具ではなく、自立と選択を広げるツールとして活用することができます。

支援者としてできる小さな一歩

すぐにできるセルフチェック

支援場面で、次のように自分に問いかけてみるのがおすすめです。

  • 「いまの提案は、誰の価値観にもとづいているだろう?」
  • 「本人の希望を、十分に言葉にしてもらっただろうか?」
  • 「『あなたのため』という言葉で、別の選択肢を消していないだろうか?」

このちょっとしたセルフチェックが、パターナリズムの早期発見につながります。

当事者から学ぶ場に参加する

パターナリズムを理解するうえで最も大きな学びになるのは、当事者の声です。

当事者

「こういう支援はありがたかった」
「あのときは支援というより、支配に感じた」

といったエピソードに触れることで、自分の支援スタイルを見直すヒントが得られます。

組織として取り組めること

個人の努力だけでなく、組織として次のような取り組みも考えられます。

  • 研修でパターナリズムと自己決定のテーマを扱う
  • 記録様式に「本人の意向・希望」の欄を必ず設ける
  • ケース検討会で「支援と支配の境界」について定期的に話し合う

こうした取り組みが、現場の文化そのものを少しずつ変えていきます。

まとめ:パターナリズムの罠から抜け出すために

最後に、この記事のポイントを整理します。

  • 「支援」と「支配」は、相手の意思をどれだけ尊重しているかで分かれる
  • パターナリズムとは、本人の利益を理由に、意思に反して介入すること
  • 善意だけでは、パターナリズムの罠を避けることはできない
  • 意向確認・選択肢の共有・決め方の合意・チームでの振り返りが重要
  • AI時代には、アルゴリズムによる新しいパターナリズムにも注意が必要

今日からできる一歩として、次のことをおすすめします。

  • 明日の支援場面で、いつもより30秒だけ長く、本人の希望を聞いてみる
  • 同僚と「これって支援?支配?」とざっくばらんに話せる時間をつくる
  • AIやツールを使うときは、「本人の意思決定を広げているか?」を一度立ち止まって考える

完璧な支援者である必要はありません。
大切なのは、「支援が支配に近づいていないか」を、ときどき立ち止まって振り返る習慣をチームで育てていくことです。

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この記事を書いた人

株式会社パパゲーノ代表取締役CEO / 「生きててよかった」と誰もが実感できる社会を目指して、東京で「パパゲーノ Work & Recovery(就労継続支援B型)」の運営や、支援現場のDXアプリ「AI支援さん」を開発。精神障害のある方との事業開発がライフテーマ。

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