在宅での療養や看取りを支える「訪問看護」。
ところが近年、「いつもお願いしていた訪問看護ステーションが閉鎖してしまった」「新しく開設された事業所が数年で廃業した」といった声が少しずつ聞かれるようになりました。
実は、訪問看護の事業所数は増え続けていますが、その裏で「廃業・休止」も急増しています。
この記事では、最新の公的データをもとに、
- 訪問看護事業所の廃業が本当に増えているのか
- なぜ廃業リスクが高まっているのか
- 利用者・家族・支援職は何に気をつければよいのか
を、初学者の方にもわかりやすく解説します。
訪問看護事業所は増えているのに、なぜ廃業が目立つのか
訪問看護の役割と事業所数の推移
訪問看護事業所(訪問看護ステーション)は、自宅で療養する方のもとに看護師などが訪問し、医療的ケアや生活支援を行う事業所です。
厚生労働省の資料によると、2023年4月1日時点で全国の訪問看護ステーションは15,697か所に達しています。また、令和3年の調査では訪問看護の利用者は約94.5万人とされています。
別の調査では、介護保険で訪問看護を提供する機関(訪問看護ステーションと医療機関の合計)は2024年時点で約1.6万か所あり、訪問看護サービスの9割以上をステーションが担っていると報告されています。
ここ10年ほどで事業所数が約2倍になっており、在宅医療のニーズが急速に高まっていることがわかります。
データで見る「開設ラッシュ」と「廃業の急増」
一方で、一般社団法人全国訪問看護事業協会の調査を見ると、「開設」と同時に「廃止・休止」も増えています。
| 2023年度(令和5年度) | |
|---|---|
| 新規開設 | 2,437件 |
| 廃止 | 701件 |
| 休止 | 291件 |
| 稼働数 | 17,329件(2024年4月1日時点) |
| 2024年度(令和6年度) | |
|---|---|
| 新規開設 | 2,487件 |
| 廃止 | 886件 |
| 休止 | 355件 |
| 稼働数 | 18,754件(2025年4月1日時点) |
わずか1年で廃止件数は 701件 → 886件(約26%増) と大きく増えています。
ステーション自体の数は増え続けているものの、「新規参入」と「撤退」が激しくなっているのが現状です。
廃業が急増している3つの背景
深刻な人材不足と人件費の高騰
訪問看護を行うには、看護師などの専門職を常勤換算2.5人以上配置する必要があります。小さな事業所ほど、数人が抜けるだけで基準を満たせなくなり、休止・廃止のリスクが高まります。
厚生労働省が看護職員の確保状況をまとめた資料では、看護師・准看護師の有効求人倍率は他の職業全体より高く、看護職員は不足傾向にあると示されています。
つまり「どこも看護師を取り合っている」状態で、訪問看護に人材を集めることが難しくなっています。
さらに、給与を上げて人材を確保しようとすると、人件費が経営を圧迫します。
介護事業経営実態調査では、訪問看護事業所の収入に占める給与費の割合が高く、全体として収支差率(いわゆる利益率)が低下傾向にあると報告されています。
人手不足と人件費の高止まりが重なり、特に小規模事業所では「人を増やすと赤字、減らすと指定基準を満たせない」という板挟みになりがちです。
収支悪化と報酬制度の難しさ
訪問看護の収入は、主に医療保険・介護保険の報酬です。
1回の訪問で得られる報酬単価は決まっており、「訪問件数×単価」が売上の中心になります。
しかし近年は、
- 利用者の状態が重くなり1件あたりの時間が延びる
- 24時間対応や看取り対応など、高負担な業務が増える
- 書類作成・多職種連携の時間が増えている
といった要因で、訪問件数を増やすことが難しくなっています。
2024年度(令和6年度)の介護報酬改定は全体としてプラス改定でしたが、訪問看護については加算の見直しや新設が中心で、「うまく算定できなければ収入が増えにくい」構造が続いています。
算定ルールは複雑で、専任の事務スタッフを置けない小規模事業所では、算定漏れや返戻対応の負担が重くなりやすい状況です。
小規模・新規事業所へのしわ寄せ
訪問看護ステーションの開設主体を見ると、営利法人(株式会社など)が約6割を占めています。
ここ10年で民間企業の新規参入が増え、競争も激しくなりました。
その結果として、
- 開設直後は利用者が集まらず、稼働率が上がる前に資金が尽きてしまう
- 地域に事業所が増えすぎて、1事業所あたりの利用者が伸びない
- 採用したスタッフの人数に見合う件数を確保できず、人件費倒れになる
といったケースが生じています。
急速な「開設ラッシュ」の影で、軌道に乗る前に撤退する事業所も少なくありません。
制度・社会環境の変化が与える影響
2024年同時改定と訪問看護への期待の高まり
2024年度には医療・介護・障害福祉の「トリプル改定」が行われました。
在宅医療・在宅看取りを推進する流れの中で、訪問看護には「地域包括ケアの要」として、より多くの役割が期待されています。
一方で、期待される役割が増えるほど、
- 体制整備や研修にかかるコスト
- 24時間対応・看取り対応などの負担
- 多職種・関係機関との連絡調整の時間
が増え、現場の負荷が高まります。
報酬で十分にカバーしきれない部分が、経営やスタッフの疲弊につながることがあります。
地域差と都市部の競争激化
全国的には事業所数が増えている一方で、
- 大都市圏では事業所が密集し、利用者獲得競争が激しい
- 中山間地域や離島では、そもそも事業所が少なく採算が取りにくい
という地域差も課題です。
特に地方の小規模事業所では、訪問にかかる移動時間が長くなりがちで、同じ件数でも人件費や交通費の負担が大きくなります。
人口減少が進む地域では、利用者の絶対数が減る中で事業を維持しなければならず、廃業リスクが高くなりやすい状況です。
後継者問題と運営責任の重さ
訪問看護ステーションは、管理者や所長の責任が非常に重い事業です。
人員配置・勤務表管理・算定・監査対応など、多岐にわたる業務を少人数で担っている事業所も少なくありません。
高齢の管理者が「後継者が見つからない」「これ以上責任を負うのは難しい」と判断し、黒字であっても事業を畳むケースもあります。
こうした「計画的な廃業」も、統計上は廃止件数に含まれます。
廃業は利用者・家族・地域に何をもたらすのか
サービスの「空白」と在宅生活への影響
身近な訪問看護ステーションが廃業すると、利用者や家族には次のような影響が出やすくなります。
- 新しい事業所が見つかるまで、訪問が一時的に減る
- 慣れた看護師がいなくなり、不安やストレスが増える
- 医療的ケアを在宅で続けることが難しくなり、入院を選ばざるを得ない
地域全体で事業所数が減っている場合、他のステーションも受け入れ枠が限られているため「紹介してもなかなか決まらない」といった事態にもつながります。
現場スタッフの離職・燃え尽き
廃業・休止の背景には、スタッフの燃え尽きや離職があることも多いです。
- 夜間・休日のオンコール対応が続き、休みが取りにくい
- 利用者が増える一方で、人員増が追いつかない
- 経営悪化への不安から、将来を見越して退職する
といった状況が続くと、残ったスタッフにさらに負担が集中し、悪循環に陥ります。
結果として、経験豊富な訪問看護師が現場を離れ、地域の訪問看護の質・量の低下につながる恐れがあります。
それでも持続可能な訪問看護をめざすには
経営面で取り組めること
事業所側が廃業リスクを下げるためにできることとして、例えば次のようなポイントが挙げられます。
- 開設前から、利用者数や訪問件数のシミュレーションを行う
- 「看護師○人×訪問○件」で採算が合うラインを明確にする
- 算定ルールに詳しい事務担当者を育成し、算定漏れを防ぐ
- 1事業所で抱え込みすぎず、医療機関・他事業所と役割分担する
こうした基本的な経営管理が、結果的に利用者の生活を守ることにつながります。
ICT・AI活用による業務効率化
最近は、訪問看護向けの電子カルテやスケジュール管理システム、音声入力による記録作成補助など、ICTツールが急速に普及しています。
- 記録・計画書の自動連携で、残業時間を削減する
- モバイル端末からリアルタイムで情報共有し、移動ロスを減らす
- AIを活用した記録要約・インシデント分析などで、質の高いケアと効率化を両立する
といった取り組みによって、限られたスタッフでも運営しやすい体制づくりが期待されています。
地域連携で「一人で抱え込まない」体制づくり
訪問看護だけで在宅療養のすべてを支えることはできません。
ケアマネジャー、主治医、訪問介護、訪問リハビリ、地域包括支援センターなどと連携し、「みんなで支える体制」をつくることが重要です。
- 高い医療ニーズを1事業所で抱え込まないよう、複数事業所での役割分担を検討する
- 退院調整カンファレンスなどに積極的に参加し、在宅移行後の負担を事前に見える化する
- 同じ地域の事業所同士で、オンコール当番の共同化や研修の共同開催を検討する
こうしたネットワークづくりが、事業所にとっても「続けやすい訪問看護」を支える鍵になります。
利用者・家族・支援職が今からできること
情報収集と「第2候補」の確保
利用者や家族の立場でできることとして、次のような点が挙げられます。
- 担当のケアマネジャーに、地域の訪問看護事業所の情報を聞いておく
- 今利用しているステーション以外にも、相談できそうな事業所を確認しておく
- 事業所から「体制が厳しい」といった話が出たら、早めにケアマネと共有する
あらかじめ「第2候補」を知っておくことで、もしものときの切り替えがスムーズになります。
ケアマネ・主治医と連携してリスクに備える
事業所の廃業は、基本的には事前に行政や関係機関へ通知されます。
しかし利用者側に情報が届くまでにはタイムラグがあることも少なくありません。
- 定期的なサービス担当者会議で、事業所の状況を共有してもらう
- 体制が不安定な場合は、通所サービスやショートステイなど他のサービスも含めて検討する
- 医療的ケアが多い場合は、主治医と相談し「訪問診療+訪問看護」の組み合わせを考える
といった形で、ケアマネ・主治医と一緒にリスクに備えておくと安心です。
まとめ:廃業を「他人事」にしないために
最後に、この記事のポイントを整理します。
- 訪問看護ステーションは、2023年4月時点で約1.6万か所、利用者は約94.5万人と、在宅医療の中核的存在になっています
- 一方で、2023年度の廃止701件から2024年度には886件へと増加しており、「開設ラッシュ」と同時に廃業も急増しています。
- 廃業の背景には、人材不足と人件費の高騰、収支悪化と複雑な報酬制度、小規模・新規事業所へのしわ寄せ、地域差・後継者問題など、複合的な要因があります。
- 事業所側は、経営管理の徹底、ICT・AI活用、地域連携の強化によって、限られた資源でも持続可能な体制をめざすことが重要です
- 利用者・家族・支援職も、情報収集や「第2候補」事業所の確保、ケアマネ・主治医との連携を通じて、もしもの廃業リスクに備えることができます。
訪問看護の廃業は、事業者だけの問題ではなく、在宅で暮らす人の生活そのものに直結するテーマです。
データを踏まえて現状を正しく理解し、地域全体で「続けられる訪問看護」を支えていく視点が求められています。

