2025年11月28日、厚生労働省は「指定就労継続支援事業所の新規指定及び運営状況の把握・指導のためのガイドライン」を都道府県・指定都市・中核市に向けて発表しました。
このガイドラインが出された背景には、多くの就労継続支援B型・A型事業所における不適切な運営実態があります。具体的には、生産活動から賃金を支払えず給付金で充当するケースや、架空の取引で売上を傘増しするケースなどです。
本記事では、今回のガイドラインの要点と、事業所として押さえておくべきポイントを解説します。
【新規指定取得への影響】審査プロセスが大幅に厳格化
指定までの標準スケジュール
新ガイドラインでは、新規指定の取組・スケジュール例として以下が示されています。
- 指定の5月前:事前説明・確認
- 指定の4月前:事業計画書等審査
- 指定の3月前:専門家会議審査
- 指定の2月前:指定申請審査
- 指定の1月前:現地審査
従来よりも前倒しで審査が行われ、専門家会議による審査も推奨されています。
コンサルティング会社任せはNG
ガイドラインでは、指定申請に関する面談や確認は「必ず指定希望者の法人の代表者、事業所の管理者やサービス管理責任者等に対して行うこと」と明記されました。コンサルティング会社や代理者等ではなく、実際に運営する当事者が説明できることが求められます。
また、他事業所の指定申請書類や事業計画書等の流用は原則として認められないことも明確化されています。
不適切な利用者募集の具体例
ガイドラインでは、以下のような募集方法が不適切であると具体的に示されています。
- 商品券や生産活動に関係ない電子機器等を利用者に配付する
- 交通費や昼食費を無料と謳い、障害者の意思決定を歪めるような誘因行為
- 高賃金・高工賃の支払いを確約すると誤解を与える表現(例:「1日来たら○○円」)
- 実際には従事できる時間や機会が極端に少ないにも関わらず、常時取り組めると誤解を与える表現
やすまさ例えば、交通費については、杉並区の独自ルールで「社会福祉法人・NPO法人が運営する就労継続支援B型に通う障害のある方には、区が交通費を支給する」という形で、株式会社が運営する福祉施設に通所する方には交通費が出ない不公平なルールになっています。
しかしながら、事業所が交通費を支給することもまた自治体のルールで禁止されているのが現状です。
この点に関して、2年ほど杉並区への提言を続けていますが、改善が見られません。
今回のガイドラインで、杉並区の交通費ルールは、「障害者の意思決定を歪めるような誘因行為」に該当する運用の可能性が改めて強調された形となります。
【既存事業所への影響】運営指導の観点が明確に
新規指定から6ヶ月での運営指導実施
通常、運営指導は概ね3年に1回とされていますが、就労継続支援事業所については「新規指定から概ね6月を目途に実施すること」と明記されました。
これは、A型では生産活動から最低賃金以上を支払えているか、B型では公費による就労支援の生産活動として適切な活動内容になっているかを早期に確認する必要があるためです。



杉並区で2023年9月に開所したパパゲーノ Work & Recovery(就労継続支援B型)には、一度も運営指導が来たことはありません。
自治体の監査の人員・予算不足から、指導や監査が後回しになっていることが、障害福祉業界全体に共通する課題です。
チェックされる12の指導項目
ガイドラインでは、運営状況の把握・指導において以下の観点が示されています。
- 管理者業務 – 管理者が事業所に係る質問に適切に回答できるか
- 人員配置 – サービス管理責任者の名義貸し等がないか
- 誘因行為 – パンフレットやホームページでの不適切な表現
- 情報公表 – WAMネットへの掲載状況
- 生産活動の実態 – 報告内容と実際の活動が一致しているか
- 生産活動による収入額や取引先情報 – 関連会社との取引の妥当性
- 利用者への支援内容 – 個別支援計画の作成・モニタリング状況
- 会計情報 – 就労支援事業会計の適切な運用
- 賃金・工賃の支払い状況 – 生産活動収支から支払われているか
- 経営改善計画書の提出(A型のみ)
- 在宅支援の実態 – 要件を満たしているか
- 施設外就労の実態 – 報酬算定要件を満たしているか



基本的にはこれまで言われていた通りの当たり前の内容ですが「より厳しく生産活動の中身を見られる」というイメージです。
新たな実態把握ツール「生産活動シート」の導入
生産活動シートとは
今回のガイドライン発出に合わせて、厚生労働省は「生産活動シート」という新たなツールを公開しました。このシートは、事業所の生産活動内容、収支状況、利用者への賃金・工賃支払い状況などを一覧で把握できるものです。
指定権者は、新規指定時の事業計画書等審査、運営指導、指定更新時、毎年4月の体制届提出時などに、このシートの提出を事業所に求めることが想定されています。
シートで確認される主なポイント
生産活動シートでは、以下の項目が確認されます。
生産活動収支の状況
- 生産活動による収入(訓練等給付を含めない)
- 生産活動に要した経費
- 生産活動収入から経費を除いた額(生産活動収支)
- 利用者に支払った賃金・工賃総額
- 余剰金(生産活動収入 −(経費+賃金・工賃総額))
取引先情報
- 売上高上位3社の法人名・売上構成比
- 事業所との関係(関連企業等かどうか)
- 取引先の代表取締役名・全役員名
関連会社との取引については、内部間の取引価格が過大または過小に設定されていないか特に注意して確認されます。



例えば、eスポーツ系の就労継続支援B型事業所では、運営本部がeスポーツ大会を主催し、賞金という名目で本部から各事業所に売上を支払うことで、訓練等給付を資金洗浄して工賃原資にしている疑惑が指摘されています。
このような関係当事者の内部取引は「相場価格からの逸脱」がないか厳しくチェックされることになります。
余剰金がマイナスの場合は要注意
生産活動シートの解説資料では、余剰金がマイナスの場合の目安として以下が示されています。
就労継続支援B型の場合
- △10,000円以上:基準を大幅に遵守していない可能性がある
- △5,000円以上:基準を遵守していない可能性がある
- △(マイナス):基準を遵守しているか疑わしい可能性がある
また、「賃金・工賃カバー率」という指標も導入され、生産活動収支で賃金・工賃をどの程度賄えているかが数値化されます。100%以上が良好、80%未満は「かなり足りない」とされています。
【生産活動収支の改善事例】就労継続支援A型
ワンダーセンス・ワンズゴール(広島県・岡山県)
令和元年度に赤字だった事業所が、令和5年度にはスコア155点・130点まで改善。ホテル・旅館の客室清掃や各種施設の清掃業務に生産活動をシフトし、近隣事業所との共同受注窓口を設立。利用者の能力の見える化と意識改革により黒字化を達成しました。
ウィズミー(東京都板橋区)
「支援者人時売上」(支援者が1人1時間作業したときの単価)を徹底計算し、高付加価値な業務の営業に絞ることで令和4年度に黒字化。利用者全員に月1回の個別面談を実施し、メンタル面のケアを行うことで安定就労につなげ、毎年一定数の利用者が一般就労を達成しています。
【生産活動収支の改善事例】就労継続支援B型
お菓子工房M(三重県松阪市)
平成26年度の月額工賃15,068円から、令和5年度には36,212円まで向上。コロナ禍で店舗販売が厳しくなった際、出張販売に販路を展開。売上は約5,700千円から38,500千円に拡大し、令和5年には第2工房を新規設立しました。
アシストプラスかしま(茨城県鹿嶋市)
令和元年度の8,150円から、令和5年度には36,734円まで工賃が向上。単価の高いハウスクリーニング業を獲得し、わかりやすい作業マニュアルを作成。利用者への作業単価の見える化や無駄の削減により生産性が向上し、パソコン作業など新たな業務にも展開しています。
うみう(茨城県日立市)
請負の単価計算の徹底と、利用者の強みを活かした作業分担(作業工程を分解し得意な工程を担当)、作業動線の見直し(動きを少なくする)を実施。令和6年4月の時間給1,200円から、令和7年3月には時間給2,000円まで向上しました。
まめの樹(東京都豊島区)
支援記録ソフトを導入し、記録や職員間の情報共有に要していた時間を削減。職員の合計支援時間を月73時間削減し、人件費84,810円/月の節約に成功。事務処理時間の削減で職員に気持ちの余裕が生まれ、新規請負業務の獲得につながる好循環が生まれています。
事業所として今すぐ取り組むべきこと
1. 生産活動収支の現状把握
まずは自事業所の生産活動収支を正確に把握しましょう。生産活動シートの様式に沿って、収入・経費・賃金工賃を整理し、余剰金がプラスになっているか確認してください。



パパゲーノでも早速、取引先ごとの売上比率や取引種別ごとの比率の可視化を始めました。


2. 取引先との関係性の整理
主要取引先が関連会社である場合、取引価格の妥当性を説明できるよう準備が必要です。契約書や請求書など、根拠資料を整備しておきましょう。



特に関係当事者間の取引については、客観的に相場価格として妥当であることの証明を残せるようにしましょう。
パパゲーノの場合、契約稟議の際にクラウドワークスで検索した相場価格などを根拠資料に残すことで、相場価格からの逸脱がないことを証明して社内決裁を通すようにしています。
3. 就労支援事業会計の適切な運用
福祉事業会計と生産活動会計が区分されているか確認してください。自立支援給付費が実質的に賃金・工賃に充てられていないか、会計処理を見直しましょう。
4. 情報公表の確認
WAMネットへの情報掲載が最新の状態になっているか確認してください。A型事業所はスコア表の掲載も義務付けられています。
令和6年4月から「情報公表未報告減算」が適用されています。未報告の場合、就労継続支援A型・B型では所定単位数の5%が減算されます。運営指導や指定更新時に未報告が判明した場合は、令和6年4月まで遡って減算が適用されるため、早急な対応が必要です。
適切な生産活動の実態把握を!
今回のガイドラインは、就労継続支援事業所の適切な運営を確保するために、指定権者が確認すべき観点を具体的に示したものです。
特に重要なのは以下の3点です。
- 生産活動収支から賃金・工賃を支払う原則の徹底
- 生産活動シートによる実態把握の仕組み化
- 新規指定・運営指導の厳格化
事業所としては、日頃から生産活動の収支状況を把握し、適切な会計処理を行うことが求められます。単価計算の徹底や作業工程の見直し、DX・AIツールの活用など、生産性向上の取り組みを進めていくことが重要です。
生産活動の中身がより良くなり、適切な就労支援が広がること願っています。



就労継続支援B型・A型の運営についても、気軽にご相談いただければと思います!
参考資料(厚生労働省公開資料)














