
「合理的配慮は義務になったはずなのに、現場ではまだまだ……」
「法定雇用率は上がっているのに、当事者の満足度は高くない」
最近、企業の人事や現場の管理職、そして障害のある当事者の方からこうした声を聞くことが増えています。
日本の雇用分野では、
障害者雇用促進法により「差別の禁止」と「合理的配慮の提供」がすでに事業主の義務となっており、
さらに2024年4月からは、
障害者差別解消法の改正により、民間事業者にも「合理的配慮の提供」が法的義務として課されています。
一方で、厚労省の最新の集計では、
民間企業の実雇用率は2.41%と過去最高でありながら、
法定雇用率 2.5% を達成している企業は 46.0% にとどまっています。
「雇う数」は伸びているのに、「職場でちゃんと活躍できているか」「必要な配慮が届いているか」という“質”の部分は、まだ追いついていない——
この記事では、そのギャップを「合理的配慮」という切り口から整理し、現場で取れる「処方箋」を考えていきます。
合理的配慮とは本来、何を指すのか
まずは前提となる定義を、ざっくり押さえておきます。
合理的配慮の基本イメージ
障害者差別解消法や国連障害者権利条約では、合理的配慮はおおむね次のような考え方で説明されています。
障害のある人が他の人と同じように権利を行使し、社会参加できるようにするための個別の調整や変更をする。それが「過重な負担」にならない範囲で、環境やルールを柔軟に変えること。
ポイントは、
- 「特別サービス」ではなく、公平に参加するための環境調整
- 「みんなに一律に」ではなく、一人ひとりに合わせた個別対応
- 企業にとって極端な負担にならない範囲で求められる
という3つです。
雇用分野では、すでに「義務」になっている
雇用の世界では、実はかなり前から制度として整備されています。
- 2016年:改正障害者雇用促進法が本格施行
→ 雇用分野での差別禁止・合理的配慮の提供義務が明文化 - 2024年:障害者差別解消法の改正により、民間事業者全体に合理的配慮の義務化が拡大
つまり、
「合理的配慮をしましょう」という“お願いベース”の時代は終わっているのですが、現場の実感はまだ追いついていない——というのが、多くの当事者・支援者・企業で共通する感覚ではないでしょうか。
数字から見る「理想と現実のギャップ」
雇用率は上がっているのに、達成企業は減っている
厚労省の「令和6年 障害者雇用状況」では、次のように報告されています。
- 雇用障害者数:約67万7千人(21年連続増加)
- 民間企業の実雇用率:2.41%(過去最高)
- 一方、法定雇用率(2.5%)を達成している企業は46.0%で前年より減少(従業員40人以上の一般民間企業を対象とした集計)
つまり、
「雇っている人数は増えているのに、法定雇用率を達成できていない企業はむしろ増えている」
という状況です。
合理的配慮についても「課題感」が強い
2024〜2025年にかけて行われた複数の調査では、合理的配慮について
- パーソルダイバース「企業の障害者雇用における合理的配慮に関する調査」(2025年)によると「課題は大きい」「やや大きい」と答えた企業が5割超
- 毎日新聞が主要企業126社に行った調査では、
「障害のある従業員への合理的配慮が至らなかった事例がある」と答えた企業が約4分の1
という結果も出ています。




数字だけ見ると、
- 雇用数は伸びている
- 法定雇用率は達成しきれていない
- 合理的配慮に対する課題感も根強い
という“理想と現実のねじれ”が見えてきます。
なぜ「合理的配慮」は進まないのか——主な5つの理由
ここからは、最近の調査や現場の声をベースに、よく見られる「つまずきポイント」を整理してみます。
① 「合理的配慮って結局、何?」が共有されていない
よくある勘違いは、こんなイメージです。



「特別扱いになってしまうのでは?」
「全部やってあげないといけないの?」
「何をどこまでやれば『合理的』と言えるのか分からない」
経産省の調査などでも、企業側が
- 合理的配慮の具体像がイメージできない
- どこまで対応すべきか線引きが難しい
と感じていることが示されています。
共通言語がないまま、「合理的配慮をしろ」とだけ言われている状態では、現場は動きづらいのが本音でしょう。
令和6年度「企業経営におけるDEIの浸透や多様な人材の活躍に向けた調査事業」の結果報告
② 対話不足:本人のニーズを聞くプロセスがない/弱い
本来、合理的配慮は、
「本人と話し合いながら、一緒に調整案を考えるプロセス」
がセットです。
しかし現実には、
- 本人が「迷惑をかけたくない」と申し出を控えてしまう
- 上司も「何を聞いていいか分からない」まま時間が過ぎる
- 人事だけが把握しており、現場の管理職には情報が共有されない
といった「対話の抜け」が起きやすくなっています。


結果として、
- 本人のニーズとずれた配慮
- 実は必要のない“過保護な配慮”
- そもそも何も変わらない
といった、もったいない状況に陥りがちです。
③ 「仕事の切り出し」の難しさと、ジョブデザインの壁
障害者職業総合センターの調査でも、職場環境や労働条件だけでなく、
- 職務の切り出し(ジョブカービング)
- 職務設定・職務再設計
が大きな課題として挙げられています。
現場からは、
- 「その人に合う仕事がうちにはない」
- 「一部の仕事だけ切り出すと、他のメンバーの負担が増える」
という声も多く、合理的配慮=ちょっとした配慮だけでは済まず、
「仕事の設計そのものを見直す必要がある」ケースも少なくありません。
これは、現場の管理職だけで抱えるにはかなり重いテーマです。
④ 現場の負担感と、マネジャーへの支援不足
最近の調査では、精神障害者と働く上司や同僚が「負担感」や「不安」を感じる要因として、
- 業務量調整の難しさ
- コミュニケーションの取り方への不安
- 自分もいっぱいいっぱいの中での配慮の難しさ
を挙げています。
ここで重要なのは、
「合理的配慮が進まない = 企業や上司の“やる気”がないから」
ではなく、
「やりたいけれど、どうしていいか分からないし、仕組みも支援も足りない」
という側面が大きい、という点です。
⑤ 「数合わせ」のプレッシャーと、質への目が届きにくい構造
- 法定雇用率は2024年4月に2.5%、2026年7月には2.7%へ引き上げ予定
- 一定規模以上の企業(原則従業員101人以上)では、達成できなければ納付金の負担や指導の対象になる


という環境の中で、
「まずは人数を満たすこと」が優先され、合理的配慮やキャリア形成といった「質」の部分に手が回りにくい
という現場の感覚も理解できます。
例えば、
2025年の英紙Financial Timesでは、日本企業が
「法定雇用率を満たすことに意識が向き、仕事の内容や成長機会が限定的になりがち」と指摘されており、“数から質へ”の転換が課題となっています。


現場でできる「理想と現実への処方箋」
では、ここからどうしていけばよいのか。
パパゲーノAI福祉研究所として、現実的に取りうるステップを「処方箋」としてまとめてみます。
処方箋1:合理的配慮を「共通言語」にする
まずは社内で、
- 合理的配慮とは何か
- 何が「合理的」かをどう考えるのか
- どこからが「過重な負担」になるのか
について、シンプルな社内版の定義・ガイドラインを持つことが大切です。
例えば、こんな一文に落とし込むこともできます。
「合理的配慮とは、一人ひとりの障害や体調、事情に応じて、過重な負担にならない範囲で、働きやすくなるように環境やルールを一緒に調整していくこと」
このレベルまで言葉を落としておくと、
- 管理職研修
- 人事制度の説明資料
- 当事者との面談
などで、共通の土台として使いやすくなります。
処方箋2:対話の「型」を決める(チェックリスト・シートの活用)
「本人と話しましょう」と言われても、
何をどう聞けばよいか分からない——という声はよくあります。
そこで、
- 配慮ニーズヒアリングシート
- 就労パスポート(厚労省が出している様式)
などを活用し、
- 仕事上困りやすい場面
- あると助かる配慮
- これまでうまくいった対応・うまくいかなかった対応
- 本人が「これは言いにくい」と感じていること
などを、一緒に整理する場を持つことが有効です。
「対話 → 試してみる → 振り返る」というサイクルをルール化すると、
“その場しのぎの対応”から一歩抜け出しやすくなります。
処方箋3:ジョブカービング(仕事の切り出し)にチームで取り組む
職務の切り出しは、現場の一人の上司だけではなかなか難しいテーマです。
- 人事
- 障害者雇用担当
- 同じ部署のメンバー
- 場合によっては就労支援機関
などを巻き込み、
- 「この仕事は分解するとどんなタスクに分かれるか」
- 「どの部分なら、その人の強みを活かせるか」
- 「逆に負担が大きすぎる部分はどこか」
を一緒に考える場(小さなワークショップのようなもの)を持つと、
合理的配慮=個人への負担集中ではなく、「仕事の設計」としての工夫に視点が移りやすくなります。
処方箋4:マネージャーを「ひとりにしない」
精神障害・発達障害などの雇用が増える中で、
上司や同僚の「どう接したらいいか分からない」という不安も増えています。
ここへの処方箋としては、
- 障害種別ごとの特性と、よくある“つまずき”を学ぶ研修
- 相談できる窓口(人事・産業保健・外部の就労支援機関など)の明確化
- 「困ったらここに聞いていい」というルートを事前に示しておく
が挙げられます。
合理的配慮を「マネージャーの個人技」にしないことが、
長期的には職場全体の負担を軽くします。
処方箋5:「数」と同じくらい「質」を見える化する
どうしても、
「法定雇用率を達成しているかどうか」だけが、障害者雇用の成果を測る“ものさし”になりがちです。
加えて、
- 障害のある社員の定着率
- 合理的配慮への満足度・納得度
- スキルアップや職域拡大の状況
といった「質」の指標も、できる範囲で追いかけてみると、
“雇うこと”から“ともに働き続けること”への視点転換につながります。
おわりに —— 「合理的配慮」は誰のためのものか
合理的配慮という言葉は、一見すると「障害のある人のための特別なもの」に聞こえます。
でも実際には、
- 働き方の柔軟化(時間・場所・業務の調整)
- コミュニケーションの見える化(マニュアル、チャット、議事録)
- 職務の棚卸しと再設計
など、多くが「全ての社員にとって働きやすい環境」づくりと重なっています。
「合理的配慮が進まない」の裏には、
- 情報不足
- 相談のしづらさ
- 現場任せの構造
といった、ごく人間的な事情があります。
だからこそ、
「やれていないからダメ」ではなく、「どこからなら一歩踏み出せそうか」
を一緒に考えていくことが、現実的なスタートになるはずです。



パパゲーノAI福祉研究所としては、今後も
・合理的配慮の具体的な好事例の紹介
・当事者・企業・支援者のそれぞれの声の可視化
・現場で使えるチェックリストや対話シートの提案
などを通じて、
「理想」と「現実」を少しずつ近づけるための実践的なヒントを届けていきたいと考えています。









