「本人の自己決定を大切にしたい。でも、危ない選択をそのまま見過ごすわけにもいかない…。」
福祉や医療、教育の現場で支援に関わっていると、こうした葛藤を感じる場面が少なくありません。
エンパワメントを大事にしたつもりが、いつのまにかパターナリズム(上からの押しつけ)になってしまう不安もあると思います。
この記事では、「エンパワメント」と「パターナリズム」の基本的な意味を整理したうえで、両者の境界線をどこに引けばよいのかを、具体的な視点とチェックリストの形で解説します。
エンパワメントとは何か
用語の基本的な意味
エンパワメントは、福祉の分野ではしばしば「力を与えること」と説明されることが多い言葉です。
ただし「支援者が力を“与える”」というより、「もともと本人が持っている力や権利が発揮されるように、一緒に環境を整える」というイメージで考えられています。
ポイントは、
- 本人の意思や選択を尊重する
- 本人の強みや可能性に注目する
- 本人が自分の人生の主人公になることを支える
という方向性にあります。
福祉実践におけるエンパワメントのねらい
福祉の分野では、エンパワメントは次のようなねらいで用いられることが多いとされています。
- 本人の可能性を狭めてしまうような依存を減らし、『主体的な選択』を増やす
- 社会的な差別やバリアに気づき、変えていく力を高める
- 本人や家族が「自分で決めていい」「意見を言っていい」と感じられるようにする
支援者がすべてを決めて動かすのではなく、「一緒に考え、一緒に選び、一緒に振り返る」関係づくりが重視されます。
具体例:就労支援・相談支援の場面
たとえば就労支援の場面で、次のような関わりはエンパワメントの考え方に近いとされます。
- 本人の「やってみたい仕事」や「得意なこと」を丁寧に聴く
- メリット・デメリットを一緒に整理し、最終的な選択は本人に委ねる
- うまくいかなかったときに「ダメだった」と決めつけず、経験から何を学べるか一緒に考える
相談支援でも、「制度的に可能かどうか」だけでなく、「本人はどう生きたいのか」という視点から支援計画を組み立てていくことが、エンパワメントの実践につながるとされています。
パターナリズムとは何か
「善意の押しつけ」と言われる理由
パターナリズムは、日本語では「父権主義」と訳されることがあります。
「本人のためを思って」という名目で、本人の意思よりも支援者や権力を持つ側の判断を優先してしまうあり方を指すことが多いです。
たとえば、次のような関わりはパターナリズムと批判されやすい例です。
- 「あなたのためにならないから」と、本人のやりたいことを一方的に止める
- 本人に十分説明せずに、支援内容や生活場所を決めてしまう
- 本人が反対しても、「プロの判断だから」と聞き入れない
どれも「善意」から出発している場合が多いだけに、支援者本人もパターナリズムになっていると気づきにくい点が難しさです。
法律・制度に見られるパターナリズム
パターナリズムは、支援者個人だけではなく、法律や制度のレベルにも現れると指摘されています。
たとえば次のような場面です。
- 安全確保を理由に、本人の行動を大きく制限する仕組み
- 判断能力が不十分とみなされた人の自己決定を、代理人が大きく代行する仕組み
こうした制度は、「重大な危険から本人を守る」という目的で作られている面もあります。
一方で、「どこまで制限するのか」「本人の意向をどこまで汲み取れているか」が常に問われる領域でもあります。
パターナリズムが必要とされる場面もある?
パターナリズムは、常に悪いものだと一概に言い切れるわけではないとされています。
たとえば次のような場合です。
- 本人の生命・身体に差し迫った危険があり、すぐに介入しないと重大な被害が予測される
- 急性期の医療や、強い混乱状態などで、十分な意思確認が一時的に難しい
このようなときには、「一時的に本人の自由を制限すること」が、結果として本人の利益になると考えられる場合があります。
ただし、その介入が「本当に必要最小限か」「落ち着いたあとに説明と振り返りが行われるか」が重要なポイントになります。
エンパワメントとパターナリズムがぶつかる典型的な場面
安全確保と自己決定のジレンマ

現場でよく起こるのが、「安全」と「自己決定」のバランスに関する葛藤です。
- 本人は外出や一人暮らしを希望している
- しかし、支援者から見ると事故やトラブルのリスクが高く感じられる
このようなとき、「危ないからダメ」と禁止してしまえば安全は高まるかもしれません。
一方で、本人の自己決定や成長の機会を奪う結果になる可能性もあります。
境界線を考えるときには、「リスクをゼロにする」のではなく、「リスクを理解し、できる限り小さくする工夫を一緒に考える」姿勢が大切だとされています。
家族・支援者が「心配しすぎる」とき
家族や支援者は、どうしても本人のことが心配になります。
その気持ち自体は自然ですが、次のような状態になると、パターナリズムに近づきやすくなります。
- 本人の「やってみたい」を、失敗させまいとして先回りしすぎる
- 「あなたにはまだ無理」と、チャレンジの機会を与えない
- 家族・支援者の不安を優先し、本人の願いを後回しにする
このような場面では、「誰の不安を優先しているのか?」を立ち止まって振り返ることが、境界線を考えるヒントになります。
AIやテクノロジー活用におけるパターナリズム
近年は、AIや各種アプリを使った支援も増えています。
これらはうまく使えば、情報提供やコミュニケーションの補助となり、エンパワメントに役立つ可能性があります。
一方で、
- AIが提示した「おすすめ」を、本人の意思より重く扱ってしまう
- 本人に説明しないまま、AIのデータをもとに支援方針を決めてしまう
といった形で、新しいタイプのパターナリズムを生む危険性も指摘されています。
テクノロジーを活用するときほど、「誰のためのツールか」「本人にどこまで説明し、納得を得ているか」を確認することが重要です。
境界線を見極める4つの視点

1. 本人の意思がどこまで確認できているか
エンパワメントとパターナリズムの境界線を考えるうえで、「本人の意思をどれだけ聴き取れているか」は重要な視点です。
- 本人の言葉そのものを聴けているか
- 家族や周囲の意向だけで判断していないか
- コミュニケーション手段の工夫を十分に行ったか
言葉での表現が難しい場合でも、表情や行動、好き嫌いの傾向など、さまざまなサインから意思を探る努力が大切だとされています。
2. 情報提供は十分か(インフォームド・コンセント)
本人が選択するときに、必要な情報がどこまで伝わっているかも、境界線を考えるポイントです。
- リスクとメリットの両方を、わかりやすい言葉で説明したか
- 本人が理解しやすい資料や図、例え話などを工夫したか
- 質問や確認の時間を十分にとったか
「何も知らないまま選ばせる自己決定」は、実質的には自己決定になっていないとも言われます。
インフォームド・コンセント(十分な説明を受け、理解したうえで自発的に同意すること)の質を上げることが、エンパワメントの実践につながります。
3. 介入の「必要最小限」になっているか
どうしても介入や制限が必要な場合でも、「どこまでが必要最小限か」を考えることが、パターナリズムとの境界線を引くカギになります。
- 本当に今すぐに介入が必要な状況か
- 同じ目的を、より穏やかな方法で達成できないか
- 一度にすべてを制限するのではなく、段階的に試せないか
「とりあえず全部止める」ではなく、「これだけは今は一緒に考えたい」と範囲を絞ることができるかどうかが、重要な判断材料になります。
4. 振り返りと修正ができる仕組みになっているか
支援の判断は、一度決めたら終わりではありません。
特に強い介入や制限を伴う場合には、次のような振り返りの仕組みが求められます。
- 本人を交えた形で、定期的に支援内容を見直す
- 「やりすぎていないか」「他の選択肢はないか」をチームで検討する
- 状況が変わったときに、制限を緩める、やり方を変える余地を残しておく
「いつでも見直せる」「間違っていたら修正できる」という前提でかかわることが、パターナリズムの固定化を防ぐとされています。
実務で使える「セルフチェックリスト」
ここでは、支援者自身が「エンパワメントとパターナリズムの境界線」を意識するための、簡単なチェック項目を紹介します。
支援前に確認する質問
支援を組み立てる前に、次のような問いを自分に投げかけてみます。
- 本人は何を望んでいると私は理解しているか?
- その理解は、本人の言葉やサインに基づいているか?
- 私自身の価値観や「こうあるべき」が、どこまで影響しているか?
これらを文字にして整理してみると、自分の中の前提や思い込みに気づきやすくなります。
支援中に立ち止まるサイン
支援が進む中で、次のようなサインを感じたら、一度立ち止まって振り返るタイミングかもしれません。
- 「この方には、この生き方が一番いいはずだ」と強く思い込んでいる
- 本人の発言よりも、「専門家としての自分の判断」を常に優先している
- 本人に説明するより先に、チーム内で支援内容を決めてしまっている
これらに当てはまるときは、エンパワメントからパターナリズム寄りになっていないか、チームで話し合うことが有効です。
チームで振り返るときのポイント
エンパワメントとパターナリズムの境界線は、一人で抱え込むには重いテーマです。
次のような形で、チームとして話し合う場を持つことも大切です。
- 実際の事例をもとに、「他の選択肢はありえたか」を検討する
- 「自分が家族ならどう感じるか」「本人ならどうか」と視点を変えてみる
- 他職種や外部の専門職から、第三者の意見をもらう
複数の視点を持ち寄ることで、「行き過ぎたパターナリズム」や「支援の不足」に気づきやすくなります。
AI活用とエンパワメントのこれから

意思決定支援ツールとしてのAI
AIは、情報整理や選択肢の提示など、意思決定を支える道具として活用できる可能性があります。
- 複雑な制度情報を、分かりやすく整理して提示する
- 本人の希望や条件に合ったサービス候補を一緒に探す
- 本人のペースで質問できる「対話相手」として利用する
このように、「本人が選ぶための材料」を増やす方向で使えば、エンパワメントにつながる面があります。
AIがパターナリズムを強化してしまうリスク
一方で、AIの結果を「正解」とみなしすぎると、新しい形のパターナリズムにつながるおそれがあります。
- AIの提案を、本人への説明なしにそのまま支援方針にする
- 「AIがそう言っているから」と、本人の違和感や希望を軽視してしまう
AIはあくまでツールであり、「本人の価値観や文脈を完全には理解できない」という前提を忘れないことが重要です。
利用者主体のAI活用のためにできる工夫
AIをエンパワメントの方向で活用するためには、次のような工夫が考えられます。
- AIを使う目的や範囲を、本人と共有しながら決める
- AIの提案を、「一緒に検討する材料」として扱い、最終判断は本人と共に行う
- 「AIが苦手とすること」や「間違える可能性があること」も、率直に伝える
こうした工夫を通じて、「AI中心の支援」ではなく、「本人主体の支援をAIが補う」という関係を保つことが大切です。
まとめと明日からできる一歩
要点の整理
この記事の内容を、あらためて整理します。
- エンパワメントは、「本人の力や権利が発揮されるよう、一緒に環境を整える」考え方です。
- パターナリズムは、「本人のため」という名目で、本人の意思より支援者側の判断を優先してしまうあり方を指します。
- 安全確保や判断能力の問題など、パターナリズム的な介入が一定程度必要とされる場面もありますが、「必要最小限か」「見直し可能か」が重要です。
- 境界線を見極めるには、①本人の意思の確認、②十分な情報提供、③介入の必要最小限性、④振り返りの仕組み、という4つの視点が役立ちます。
- AIを含むテクノロジーを活用するときほど、「誰のための支援か」を問い直し、本人主体を守る工夫が求められます。
現場で試してみたい小さな実践
明日からできる一歩として、次のような取り組みはいかがでしょうか。
- ひとつの支援場面を選び、「誰の不安を優先しているか?」を紙に書き出してみる
- チームミーティングの議題に、「エンパワメントとパターナリズムの境界線を考えたい事例」を1つだけ持ち寄る
- 本人への説明のしかたを見直し、「図や例え話を増やす」「確認の時間をとる」など、小さな工夫を加えてみる
エンパワメントとパターナリズムの境界線は、簡単に答えが出るテーマではありません。
だからこそ、迷いながら対話を続けていくプロセスそのものが、支援者と本人のエンパワメントにつながっていくと考えられます。

