導入:なぜ今「意思決定支援」が大切なのか
「本人の希望を聞きたいけれど、結局は支援者や家族が決めてしまっている気がする……」 福祉や医療、教育の現場で、このようなモヤモヤを感じている方は少なくありません。
制度や仕組みが整ってきた一方で、「本人の意思をどう尊重するか」は、なお課題として残っています。
この記事では、「意思決定支援」とは何かを整理しながら、支援者としてどのような心構えで関わればよいのかを、初学者の方にも分かりやすく解説します。
【この記事で分かること】
- 「意思決定支援」の基本的な考え方
- 本人の意思を尊重するための支援者の心構え
- 実践で使える、具体的な関わりのステップ
- 困りやすい場面での考え方のヒント
「意思決定支援」とは?基本の考え方を整理する
「代わりに決める支援」と「一緒に考える支援」の違い
従来の支援では、「安全」「安心」「安定」を優先するあまり、支援者や家族が「良かれと思って」本人の代わりに決めてしまう場面が多くありました。
- 今日は体調が心配だから、外出はやめておこう
- 就労は難しそうだから、通所だけにしておこう
このような関わりは、短期的には安心をもたらすかもしれません。
しかし、本人が「自分で選び、決める経験」を重ねる機会を奪ってしまうことにもつながります。 「意思決定支援」とは、
本人の代わりに決めるのではなく、本人が決められるように一緒に考え、支えることを指します。
誰かに決められる人から、「自分で選べる人」へと変わっていくための支援。
「最善」よりも「本人らしさ」を大切にする視点
支援者はつい、「一番安全」「一番無難」「一番効率的」などの「最善解」を探しがちです。
しかし意思決定支援で大切にしたいのは、
一般的な正しさよりも、その人らしさに合った選択です。 これは、国連の障害者権利条約が重視する「本人の意思と選好を尊重する」という考え方とも一致します。
たとえば、
- 体力的には休んだ方がよさそうでも、どうしても行きたい場所がある
- 収入だけを考えれば別の仕事の方が良いが、今の職場の人間関係を大事にしたい
このようなとき、「普通はこうする」「将来のためにはこちらが良い」だけで判断すると、本人の大事にしている価値観を見落としてしまいます。
本人の力を引き出すプロセスが中心
意思決定支援の中心は、「結果」よりも「プロセス」。
- 何に迷っているのかを一緒に整理する
- どんな情報があれば決めやすいかを考える
- 不安や怖さを言葉にできるように支える
こうしたプロセスを丁寧に積み重ねることで、本人は「考える力」「選ぶ力」「人に相談する力」を身につけていきます。
支援者は、そのプロセスを支える伴走者のような存在だと考えられます。
本人の意思を尊重するための支援者の基本姿勢
「分かっているつもり」から離れる
長く関わっていると、「この人はきっと、こう思っているはずだ」と感じることがあります。
しかし、その「分かっているつもり」が、本人の変化や新しい希望を見えなくしてしまうことがあります。
- 「前に嫌がっていたから、今回も嫌だろう」
- 「この人は新しいことが苦手だから、勧めない方がいい」
こう決めつける前に、
- 今はどう思っているのか
- 状況が変わっていないか
- 試してみたい気持ちはないか
と、改めて聞き直す姿勢が大切です。
「私はこの人のことを、まだ全部は分かっていない」という前提に立つことが、意思決定支援の出発点になります。
価値観の押しつけを手放す支援者にも、生き方や働き方、家族観などの「自分の価値観」がある。
その価値観が無意識のうちに、本人の選択肢を狭めてしまうことがあります。
失敗も含めて経験を認める意思決定支援は、「失敗しないようにする支援」ではない。
小さな失敗も含めて、経験を一緒に振り返れる支援です。
- 行ってみたけれど、思ったより疲れてしまった
- やってみた仕事が合わなかった
- 新しいサービスを利用したが、しっくりこなかった
このような経験も、「決めてみたからこそ分かったこと」です。
支援者が「ほら、やっぱり無理だった」と評価するのではなく、
- 何がよかったか
- 何がしんどかったか
- 次にどう工夫できそうか
を一緒に整理することで、次のよりよい選択につながります。
実践のステップ:意思決定支援の4つの流れ
情報を分かりやすく伝える
本人が自分で決めるためには、分かりやすい情報提供が欠かせません。専門用語や制度の話だけではなく、イメージしやすい形にかみ砕くことが大切です。これは、障害者基本法で示されている「障害のある人の自己決定の尊重」という理念にも通じる視点です。
- 難しい言葉は、短く・具体的に言い換える
- 写真やイラスト、パンフレットなども使う
- メモやチェックリストを一緒に作る
- 一度ではなく、時間をおいて繰り返し説明する
「理解しないから決められない」ではなく、
「どうすれば理解しやすくなるか」を一緒に考える姿勢が重要です。
本人の気持ち・大事にしていることを聴き取る
選択肢の説明だけでなく、本人の気持ちや価値観を丁寧に聴くことも欠かせません。
- 何が一番気になっているか
- 何ができると嬉しいか
- どんなことは避けたいか
- 不安や怖いことは何か
こうした質問を通して、「その人にとって大切なこと」が少しずつ見えてきます。
言葉でうまく表現できない場合は、表情や態度、これまでの選び方の傾向などから、
一緒に言葉を探していくことも支援の一部です。
一緒に選択肢を整理し、選ぶ
情報と気持ちが整理できてきたら、一緒に選択肢を見える化していきます。
例:
- A案:今のまま続ける
- B案:週3日に増やしてみる
- C案:別の事業所も見学してから考える
それぞれの案について、
- 良いと思うところ(メリット)
- 今の自分には良くないと感じる、気になるところ(デメリット)
- やってみるために必要な支え
を一緒に書き出していくと、本人も頭の中を整理しやすくなります。
「どれが正解か」を支援者が決めるのではなく、
「一緒に考えるパートナー」として関わる姿勢がポイントです。
決定後も振り返り、ともに学ぶ
「決めたら終わり」ではなく、決定後の振り返りも意思決定支援の大事なステップです。
- 決めてみて、どう感じているか
- 想像していたことと違った点は何か
- 続けたい部分・変えたい部分はどこか
これらを一緒に話すことで、本人は「決める→試す→振り返る」という経験を重ねていきます。
支援者は、「うまくいかなかった点」だけでなく、
チャレンジしたこと自体を評価し、ねぎらう姿勢が大切です。
状況別のポイント:よくある場面で考えてみる
生活の小さな選択(食事・服・余暇)の支援
日々の小さな選択は、意思決定支援の「練習の場」となります。
- 今日の昼ごはんをどうするか
- どの服を着るか
- 余暇に何をして過ごすか
こうした場面で、
- あらかじめ2〜3個の候補を用意して選んでもらう
- 写真や実物を見ながら決める
- 嫌だった場合は「やめる」「変える」も選択肢に入れる
といった工夫ができます。
「細かいことだから支援者が決めてしまう」のではなく、
小さな選択こそ、本人に委ねる意識を持つことが大切です。
進路・就労など大きな決定の支援
進学や就労、住まいの選択など、大きな決定ほど不安も大きくなります。
一度で決めるのではなく、段階を踏んで考えられる場づくりが重要です。
- 見学や体験利用の機会を複数回つくる
- 本人・家族・支援者で話し合う場を設ける
- メリット・デメリットを一緒に整理する
- 「とりあえずやってみる期間」を設定し、見直しを前提にする
「一生の決断」と構えすぎると、プレッシャーが大きくなります。
いつでも見直せる決定として支えることで、本人も挑戦しやすくなります。
本人が「分からない」「決めたくない」と言うとき
本人が「分からない」「どっちでもいい」と答えることもあります。
その背景には、
- 情報が難しくて理解しきれていない
- どちらを選んでも不安がある
- 間違ったら怒られるのではないかという恐怖
- これまで自分で決めた経験が少ない
など、さまざまな理由が考えられます。
このような場合は、
- もう少しかみ砕いて説明し直す
- 一緒に見学・体験をしてイメージを持ってもらう
- 「とりあえずこっちを試してみて、合わなければ変えてもいい」と伝える
など、「決めること」へのハードルを下げる支援が有効です。
どうしても本人が決められない場合も、
「代わりに決める」のではなく「一緒に考え続ける」姿勢を忘れないことが重要です。
よくある悩みと折り合いのつけ方
本人の希望と安全確保がぶつかるとき
意思決定支援の現場で特に悩みやすいのが、
本人の希望と、安全や健康の確保がぶつかる場合です。
例:
- 夜遅くまで外出したいが、転倒リスクが高い
- お金を自由に使いたいが、浪費の心配がある
このようなとき、単に「ダメ」と禁止するのではなく、
- どこまでならリスクを許容できるか
- どんな準備やルールがあれば安心か
- 誰と一緒なら安全を高められるか
を一緒に考えます。
リスクをゼロにするのではなく、「調整されたリスク」を一緒に選ぶという考え方が役立ちます。近年の障害者施策でも、権利の尊重と安全確保のバランスをとる視点が重視されています(出典:内閣府「令和5年版 障害者白書」権利擁護に関する記述)。
家族や周囲の意見と食い違うとき
本人の希望と、家族や支援者の考えが大きく異なることもあります。
- 本人:一人暮らしをしたい
- 家族:絶対に危ないからやめてほしい
このような場合、どちらか一方の意見を通すのではなく、
- それぞれの「心配」と「願い」を丁寧に聴き取る
- 段階的なステップ(短期宿泊・グループホームなど)を検討する
- 定期的に話し合う場を設けて、状況に応じて見直す
といった「対話の場づくり」が大切です。
支援者は、どちらかの味方になるのではなく、
本人の意思が埋もれないように支える役割を意識します。
チームで意思決定支援を共有するコツ
意思決定支援は、一人の支援者だけで完結するものではありません。
職員間で考え方がバラバラだと、本人も戸惑ってしまいます。
共有のコツとしては、
- ケース会議で「本人の大事にしていること」を共有する
- 支援記録に、選択のプロセスや本人の迷いを書き留める
- 「安全優先」「自己決定優先」など、組織としての基本方針を話し合う
といった取り組みが挙げられます。
「この場面ではどう考えるか?」をチームで話し合い続けること自体が、意思決定支援の質を高めるプロセスになります。
まとめ:支援者が今日からできる小さな一歩
要点のおさらい
この記事でお伝えしたポイントを、あらためて整理します。
- 意思決定支援とは、本人の代わりに決めるのではなく、一緒に考え決める支援である
- 「最善」よりも「その人らしさ」を大切にし、価値観の押しつけを手放すことが重要である
- 情報提供・気持ちの聴き取り・選択肢の整理・振り返りというプロセスを丁寧に行う
- 小さな選択の積み重ねが、大きな意思決定の土台になる
- 安全や家族の意見との折り合いは、「対話」と「段階的なチャレンジ」で調整する
明日から試せるアクション
明日から実践できる、小さな一歩の例をご紹介します。
- 日々の支援の中で、「これは私が決めてしまっていないか?」と自問してみる
- 食事や服装など、生活の小さな選択を一つ、必ず本人に委ねてみる
- 本人の希望を聞くとき、「何が一番大事ですか?」と一言付け加えてみる
- ケース記録に、「どのように一緒に考えたか」のプロセスを一文書いてみる
- チームのミーティングで、「最近迷った意思決定の場面」を一つ持ち寄って話し合ってみる
意思決定支援は、特別な技術だけで成り立つものではありません。
支援者一人ひとりが、「この人はどう生きたいのか」に耳を傾け続けることから始まります。
今日の支援の中で、できることを一つだけ、試してみていただければと思います。

