2025年12月16日、厚生労働省が障害福祉サービス報酬の臨時改定案を発表しました。2026年6月から新規に指定を受ける事業所のみの基本報酬を引き下げるという、前例のない措置です。
対象となるのは、就労継続支援B型、共同生活援助(グループホーム)、児童発達支援、放課後等デイサービスの4類型。SNSや業界内では賛否両論が飛び交っています。
今回は、現場で支援に携わる立場から、この「新規事業所のみ引き下げ」措置の背景を整理し、僕なりの考察をまとめたいと思います。
やすまさ僕たちパパゲーノ Work & Recoveryは「就労継続支援B型」を運営しており、まさに当事者としてこのニュースを受け止めています。
なぜこのタイミングで「臨時」改定なのか?
障害福祉サービス報酬は通常3年に1度の介護報酬改定で変更されます。前回は2024年4月でした。
次回の介護報酬改正は2027年のはずが、なぜ今、異例の「臨時応急措置」が必要なのか?
障害福祉サービスの総費用額は令和6年度で約4.18兆円。前年度比で12.1%増という急激な伸びを示しています。従来は年5〜6%程度の増加で推移していたことを考えると異常に高くなっています。
特に今回対象となった4類型は、いずれも収支差率「5%」以上、事業所数の伸び率が「過去3年間5%以上」という条件を満たしています。就労継続支援B型だけでも、1年間で総費用額が約20%、金額にして1,000億円以上増加しました。
厚生労働省の説明によれば、「近年の事業所数の急増は、必ずしもニーズを反映したものではない可能性がある」とのことです。



予算オーバーしたので、新規開業をとりあえず防ごうという考えです。
障害福祉サービス関係予算額は19年間で約4倍に増加
全体のトレンドとしてこれまでも毎年障害福祉サービス関係予算は増え続けてきていました。19年間で約4倍になっています。





医療から福祉への流れに加えて、インフレ局面だと予算が増えていくのは自然なことです。
最近の政府予算では、対前年度5〜6%程度の伸びを確保していました。
2023年度から2024年度にかけて年間総費用額は12.1%も急増
政府は毎年5〜6%程度の伸びを想定して予算を確保していた一方で、実際の費用は2023年度から2024年度にかけて年間総費用額は12.1%も急増していました。これでは制度が持続できません。
さらに内訳を見ると、以下の通りでした。
- 一人当たり費用額の伸び:+6.0%(R6改定率+1.12%を大幅に上回る)
- 利用者数の伸び:+5.8%
つまり、利用者が増えただけでなく、一人当たりの費用も想定以上に増えているのです。





特に「就労継続支援B型」は20.1%も費用増となっています。
対象となる4サービス【就労B・グループホーム・児童発達支援・放デイ】
今回の臨時改定で対象となるのは、以下の条件をすべて満たすサービス類型です。
- 年間総費用額全体に占める割合が1%以上
- 令和6年度の収支差率が5%以上
- 事業所の伸び率が過去3年間5%以上
具体的なデータを見てみましょう。
| サービス類型 | 総費用額(R6) | 収支差率 | 事業所数伸び(R5→R6) |
|---|---|---|---|
| 就労継続支援B型 | 6,294億円 | 6.2% | 7.63% |
| 共同生活援助 (介護サービス包括型) | 3,905億円 | 6.9% | 6.63% |
| 共同生活援助 (日中サービス支援型) | 655億円 | 5.1% | 26.65% |
| 児童発達支援 | 2,728億円 | 7.8% | 10.36% |
| 放課後等デイサービス | 6,098億円 | 9.1% | 6.85% |
例えば、日中サービス支援型グループホームの事業所数伸び率26.65%です。1年間で事業所数が4分の1以上も増えている計算になります。
厚労省は資料の中で、自治体(指定権者)へのアンケート結果を引用し、「事業者側はニーズ調査をせずにどんどん参入してきており、先行して開設した後に利用者を募るという状況がみられる」という声を紹介しています。
費用削減に向けた臨時改定の3つの柱
今回の臨時改定は、実は3つの施策で構成されています。報道では「新規事業所の報酬引き下げ」ばかりが注目されていますが、全体像を把握することが重要です。


1:就労移行支援体制加算の見直し(令和8年4月施行)
就労継続支援A型・B型で企業への就職実績がある事業所には就労移行支援体制加算がつきます。
就労移行支援体制加算はこれまで青天井に加算されるという制度でしたが、算定可能な就職者数に上限(定員数まで)が設定されます。
背景には、同一の利用者についてA型事業所と一般企業の間で複数回離転職を繰り返し、その都度加算を取得するという、本来の制度趣旨に沿わない形で算定する大阪の絆ホールディングスの36ヶ月プロジェクトの報道があります。
ちなみに、令和6年12月就労移行支援体制加算の算定事業所数は、就労継続支援A型が1,561ヵ所(約35.6%)、就労継続支援B型が2,018ヵ所(約11.1%)となっています。





就労移行支援体制加算を不正に受給していたスキームについては、上記の記事で分析しています。
2:就労継続支援B型の基本報酬区分の基準見直し(令和8年6月施行)
令和6年度改定で「平均工賃月額」の算定式が変更されました。これまでは「工賃支払対象者数」を分母に用いていたものを令和6年度報酬改定で「一日当たりの平均利用者数」を分母に用いる新しい算定方式を導入しています。
障害特性等により利用日数が少ない方を受け入れる事業所に配慮するための見直しでしたが、結果として全国の平均工賃月額が約6,000円上昇しました。
厚労省の資料によると、R5年4月→R6年4月の比較で、「1万5千円未満」の事業所が2,011事業所減少し、「1万5千円以上」の事業所が3,461事業所増加したとのこと。これは「平均工賃月額の区分における分布に大きな変動はないものと想定」していた厚生労働省の意図とは異なる結果でした。


対応として、基本報酬区分の基準額を引き上げ(例:上昇幅6,000円の1/2=3,000円分)ます。ただし、以下の配慮措置が設けられます:
- 令和6年度改定前後で区分が上がっていない事業所は見直しの適用対象外
- 見直しにより区分が下がる事業所も、影響が一定範囲内に収まるよう配慮
- 区分7と8の間の基準額は据え置き(R6改定で単価を引き下げた区分のため)



基本的な割り算ができる人なら、分母が減れば平均工賃月額の区分における分布に大きな変動が出ることは容易に想像できたのではないかと思います。


3:新規事業所の基本報酬引き下げ(令和8年6月施行)
そして最も議論を呼んでいるのが「新規事業所の基本報酬引き下げ」の施策です。
- 就労継続支援B型
- グループホーム
- 児童発達支援
- 放課後等デイサービス
上記4つのサービス種別について、それぞれの収支差率に応じて、新規事業所に限り、令和8年度について一定程度引き下げた基本報酬を適用します。既存の事業所は従前どおりなので影響はありません。
ポイントは「令和8年度について」という限定です。これは時限的な措置であり、2027年度の本格改定に向けて影響を検証するための「時間稼ぎ」という側面があります。
なぜ就労継続支援B型は費用が1052億円増えたのか?
就労継続支援B型の費用がR5年度からR6年度で年間総費用額+1,052億円(+20.1%)も増加しています。これは全ての障害福祉サービス中で最大の伸び幅です。
なぜ就労継続支援B型はここまで費用が増えたのでしょうか?
就労継続支援B型は費用が1052億円増えた原因は大きく2つ考えられます。
人員配置区分が「想定外に」手厚くなったから
1つが人員配置区分の大幅な変更です。令和6年度改定で新設された「6:1」配置区分に、既存事業所の8割以上が移行しました。
- R5年4月:7.5:1配置が96.7%
- R6年4月:6:1配置が81.3%
報酬単価の高い区分へ移行されたことで、費用増加の一因となっています。
平均工賃月額が「想定外に」高くなったから
令和6年度改定では、利用日数が少ない利用者を受け入れる事業所への配慮として、平均工賃月額の算定式を変更しました。しかし結果としては「1万5千円未満」の事業所割合は15.4%減少し、「1万5千円以上」の事業所割合は15.4%増えています。
厚労省は「平均工賃月額の区分における分布に大きな変動はないものと想定」していましたが、実際には大きな変動が起きました。これは改定の意図とは異なる形での「想定外の増収」であり、今回の臨時改定はその修正という側面があります。



いずれも厚労省の「想定が甘かった」ということのようです。
賛成派「悪質な事業者への強いメッセージになる」「費用が増えすぎ」
有識者会議では今回の臨時改正について「悪質な事業者への強いメッセージになる」と評価する声が上がりました。確かに、データを見れば厚労省の危機感も理解できます。
制度の持続可能性という観点からは、何らかの歯止めが必要だという主張には一定の合理性があります。障害福祉サービス関係予算は19年間で約4倍に増加しており、このまま年12%ペースで費用が増え続ければ、制度自体が立ち行かなくなるリスクがあるからです。
反対派の論点:「良心的な事業者が割を食う」
一方、有識者会議では懸念の声も相次ぎました。
「まだサービスが不足している地域の新規参入までも阻害することになりかねない」
「良心的な事業者が割りを食うことにならないか」
これらは現場の切実な声を代弁しています。
都市部では事業所が飽和状態で競争が激化している一方、地方や過疎地域ではそもそも事業所がないという地域格差があります。今回の措置は全国一律に「新規は減額」という形をとるため、本当に支援が必要な地域への参入まで止めてしまうリスクがあります。
また、「昨年度の報酬改定の意義が薄れるのではないか」「国の基準が頻繁に変わると事業の継続性に影響が及ぶ」という指摘も重要です。
福祉事業は長期的な視点で運営する必要があります。報酬体系が1〜2年で大きく変わるようでは、真面目に事業計画を立てている事業者ほど困ります。
【実体験】就労Bの初年度は、そもそも「破産ギリギリ」が普通
ここで、僕自身の体験談を共有させてください。
就労継続支援B型の基本報酬は「平均工賃月額」によって区分が決まります。しかし、新規開設の事業所には前年度の実績がありません。そのため、初年度は無条件に1番低い報酬区分からスタートすることになっています。
パパゲーノ Work & Recovery(就労継続支援B型)を開所したとき、私たちが用意した現預金は約3,500万円でした。それが1年後には約200万円まで減りました。文字通り、破産ギリギリです。あと1ヶ月遅かったら資金ショートしていました。
利用者さんが増え、工賃の実績を積み上げ、2年目以降にようやく上位区分の報酬を得られるようになって、経営は安定に向かいました。初年度を乗り越えられたのは、十分な必死に売上の確保と資金調達に動き続けていたからです。
僕は株式会社パパゲーノの融資に個人でも連帯保証人になっていて、物件賃料も個人で連帯保証に入っていました。そのため、資金枯渇で破産する場合、数千万円の借金が僕個人に残り、自己破産を余儀なくされる可能性が高かったです。「最悪のシナリオ」を想定して、役員報酬の差し止め、売掛金を担保としたファクタリング、追加の短期融資などあらゆるオプションを準備していました。エンジェル投資家5名にも連絡し、いざという時に救済的に数百万円を第三者割当増資で繋ぐ相談もしていました。ここまでリスクヘッジをしても、資金繰りの不安なく眠れた日はなかったです。


もし僕たちの開設が2026年度で、今回の「新規事業所のみ引き下げ」が適用されていたら、間違いなくパパゲーノは資金が枯渇して廃業していたでしょう。
これは私たちだけの話ではありません。就労継続支援B型を真面目に立ち上げようとする事業者は、ほぼ全員がこの「初年度の壁」に直面します。そこにさらに基本報酬の引き下げが加われば、志のある新規参入者こそ排除されるという本末転倒な結果になりかねません。
「悪質な事業者への歯止め」という目的は理解できます。しかし、悪質かどうかは「参入」のタイミングでは判断できません。というか、参入した後に廃業に追い込むのは意味不明なプレーです。不正請求や循環取引を助長するだけです。そして地域に根ざした小規模な福祉事業者が排除される構図になる恐れがあります。
考察:問題の本質はどこにあるのか?
「量」の規制で「質」は担保できない!
今回の措置は、新規参入を抑制することで費用膨張に歯止めをかけようとするものです。しかし、これは対症療法に過ぎません。
本当の問題は「事業所が増えすぎた」ことではなく、「質の低い事業所が淘汰されない仕組み」にあるのではないでしょうか。
不適切な運営をしていても、基準を満たしていれば報酬が得られる。
監査や指導が行き届かない。開所してもずっと放置。
支援の質の可視化をしていないので、一律報酬引き下げという安易な施策しかできない。
こうした構造的な課題を解決しない限り、報酬を下げても「安かろう悪かろう」の事業所が生き残るだけです。
「新規のみ」という線引きは歪んでいる!
既存事業所は据え置き、新規事業所は引き下げ。この線引きには歪みが生じます。
例えば、来年5月に開設すれば従来の報酬、6月に開設すれば引き下げ後の報酬です。この1ヶ月の差に合理的な根拠はありません。結果として、駆け込み開設を誘発する可能性が極めて高いです。準備の整っていない状態で開所を急ぎ、運営が回らない事業所が全国で増えることが予測されます。
また、質の高い支援を志す新規参入者を止めることは、新陳代謝をより鈍化させる力学が強まります。
地域のニーズがあっても無視するのはおかしい!
厚生労働省は「障害福祉計画との整合をどう図るか」を今後の検証課題に挙げています。しかし、各自治体の障害福祉計画の精度やニーズ把握の方法にはばらつきがあります。
地域ごとのサービス供給量と需要のギャップを正確に把握し、必要な新規参入は認める柔軟な運用ができるかどうかが、今後の鍵になります。画一的な「引き下げ」ではなく、地域の実情に応じた判断ができる仕組みが求められます。今回の「新規開所の報酬一律引き下げ」は、「地域のニーズがあっても、無視して一旦1年待ちましょう」と言ってるようなものです。



地域ニーズに応えましょう、個別支援をしましょう、と言っている障害福祉の制度そのものが、現場のニーズを全く把握せず、個別性を無視した画一的なマネジメントしかできないというのは、先が思いやられます。
現場の実践者として何ができるのか?
批判だけでは建設的ではありません。
- 就労継続支援B型
- グループホーム
- 児童発達支援
- 放課後等デイサービス
これらの事業所を2026年度に開所したい方に向けて、僕たちにできることを考えてみます。
2025年5月までに開所する
1つは早めに開所するということです。報酬が減額される前に指定を取得しましょう。どの程度の報酬引き下げになるかは分かりませんが、今から開所するなら今すぐ指定を取りに行ったほうが無難です。
徹底的なコストカット
2つ目は徹底的なコストカットです。
売上が報酬引き下げで下がることは避けられないので、事業所が運営できるようにするには徹底したコスト削減が必須です。僕たちが開発している「AI支援さん」のようなテクノロジーも最大限活用し、限られた報酬の中でも質の高い支援を維持できる体制を作ることが重要です。


事業所の「新設」ではなく「事業承継」に舵を切る
最後に、新設をやめて既存の事業所を引き継ぐ方法があります。
介護福祉業界は廃業が深刻な社会課題となっています。事業承継は有力な手法の1つです。株式譲渡であれば法人や指定を残せるので、最初から前年の実績がある状態で経営できます。



事業譲渡の場合、指定取り直しになるので注意です。今回の新設の報酬引き下げの影響を受けることになります。
「制度の持続可能性」と「支援の質の担保」をどうするか?
今回の臨時改定は、厚生労働省が「令和8年度限りの措置」と説明しています。2027年度の本格改定に向けて、影響を検証しながら適切な施策を検討していくとのこと。
つまり、今回の3本施策である、「就労移行支援体制加算の適正化」「就労Bの平均工賃月額の基準見直し」「新規事業所の報酬引き下げ」はいずれも時間稼ぎであり、本質的な議論はこれからです。
障害福祉サービスの費用が増えること自体は、必ずしも悪いことではありません。従来、支援を受けられなかった人々に届くようになった結果とも言えます。問題は、「その費用が本当に必要な支援に使われているかどうか」や「ROIが出ているのか」です。
「制度の持続可能性」と「支援の質の担保」。この2つの命題にどう向き合うか。僕たちも実践の中で考え、政策提言していけたらと思います。



直近も、厚生労働省の方とお会いする機会があるので、この施策については意見をお伝えしようと思います。








