2024年12月16日、参議院本会議で「高次脳機能障害者支援法案」が全会一致で可決されました。この法律は、高次脳機能障害のある方を対象とした初の単独法で2026年4月1日から施行されます。この記事では、法律の概要と障害福祉サービスへの影響を解説します。
高次脳機能障害とは?
高次脳機能障害とは、脳卒中や交通事故などによる脳の損傷により、記憶、注意、遂行機能、社会的行動などの認知機能に障害が生じ、日常生活や社会生活に支障をきたす状態を指します。
主な症状
| 症状 | 具体例 |
|---|---|
| 記憶障害 | 新しいことを覚えられない、約束を忘れる |
| 注意障害 | 集中力が続かない、複数のことを同時にできない |
| 遂行機能障害 | 計画を立てられない、段取りよく行動できない |
| 社会的行動障害 | 感情のコントロールが難しい、場にそぐわない行動 |
| 失語・失行・失認 | 言葉が出ない、動作がうまくできない、認識できない |
推定患者数
厚生労働省の令和4年調査によると、医師から高次脳機能障害と診断された方は全国で約22万7千人と推計されています。ただし、診断を受けていない潜在的な患者を含めると、約50万人に上るとする推計もあります。
発症原因としては脳血管障害(脳卒中など)が約8割を占め、脳外傷(交通事故など)が約1割となっています。

やすまさパパゲーノ Work & Recovery(就労継続支援B型)でも、高次脳機能障害のある方は利用いただいています。
高次脳機能障害者支援法案の経緯
高次脳機能障害者支援法案は、第219回国会(臨時会)において、衆議院厚生労働委員長により提出された委員会発議の法律案です。令和8年(2026年)4月1日から施行予定です。
| 日程 | 内容 |
|---|---|
| 令和7年12月5日 | 法案提出(衆議院厚生労働委員長) |
| 令和7年12月8日 | 衆議院本会議で全会一致により可決 |
| 令和7年12月15日 | 参議院厚生労働委員会に付託 |
| 令和7年12月16日 | 参議院本会議で全会一致により可決・成立 |
| 令和8年4月1日 | 施行予定 |



高次脳機能障害者支援法は2026年4月から施行となります!
高次脳機能障害者支援法の9つのポイント
高次脳機能障害者支援法は全31条+附則で構成され、第一章「総則」、第二章「支援に関する施策」、第三章「高次脳機能障害者支援センター等」、第四章「雑則」の4章立てとなっています。以下、重要なポイントを解説します。
① 高次脳機能障害・高次脳機能障害者の定義(第2条)
高次脳機能障害とは、「疾病の発症又は事故による受傷による脳の器質的病変に起因すると認められる記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害、失語、失行、失認その他の認知機能の障害として政令で定めるもの」と定義されました。
また、高次脳機能障害者とは、「高次脳機能障害がある者であって、高次脳機能障害及び社会的障壁により日常生活又は社会生活に制限を受ける者」と定義。社会的障壁(社会における事物、制度、慣行、観念その他一切のもの)の概念が明記された点が重要です。
② 基本理念の明確化(第3条)
高次脳機能障害者支援法では、4つの基本理念が定められました。
- 意思尊重・自立・共生:高次脳機能障害者の意思を尊重し、自立及び社会参加の機会を確保。基本的人権を享有する個人としての尊厳を保ちつつ他の人々と共生することを妨げられない
- 社会的障壁の除去:支援は社会的障壁の除去に資することを旨とする
- 切れ目のない支援:性別・年齢・障害の状態・生活の実態に応じ、医療・保健・福祉・教育・労働等の関係機関の緊密な連携の下、医療機関における医療の提供から地域での生活支援を経て社会参加の支援に至るまで、切れ目なく行う
- 地域格差の解消:居住する地域にかかわらず等しく適切な支援を受けられるようにする
③ 国・地方公共団体・事業主・国民の責務(第4条〜第8条)
| 主体 | 責務の内容 |
|---|---|
| 国 | 施策を総合的かつ計画的に策定・実施する責務(第4条) |
| 地方公共団体 | 国との連携を図りつつ、自主的かつ主体的に施策を策定・実施(第5条) |
| 事業主 | 高次脳機能障害者又はその家族の雇用の継続等に配慮、自立及び社会参加に協力(第6条) |
| 国民 | 障害の特性に関する理解を深め、自立及び社会参加に協力(第7条) |
④ 法制上・財政上の措置と情報公開(第9条・第10条)
政府の義務として、施策実施のために必要な法制上又は財政上の措置その他の措置を講じることが明記されました。
また、透明性確保のため、政府は支援の状況及び講じた施策に関する資料を作成し、随時公表します。地方公共団体も施策の実施状況を随時公表するよう努めるものと規定されています。
⑤ 具体的な支援施策(第11条〜第18条)
第二章では、8つの具体的な支援施策が規定されています。
| 条文 | 施策名 | 主な内容 |
|---|---|---|
| 第11条 | 地域での生活支援 | 社会生活適応訓練、住居確保、社会活動参加促進等 |
| 第12条 | 教育的支援 | 個別教育支援計画の作成推進、いじめ防止対策、大学・高専での配慮 |
| 第13条 | 就労の支援 | ハローワーク・障害者就業・生活支援センター等との連携、就労定着支援 |
| 第14条 | 権利利益の擁護 | 差別解消、いじめ・虐待防止、消費者被害防止 |
| 第15条 | 司法手続における配慮 | 刑事・民事・家事・行政事件での意思疎通手段の確保等 |
| 第16条 | 家族等に対する支援 | 家族への相談・情報提供・助言、家族同士の支え合い活動支援 |
| 第17条 | 相談体制の整備 | 関係機関の緊密な連携による総合的な相談体制 |
| 第18条 | 情報の共有の促進 | 個人情報保護に配慮しつつ、関係機関間の情報共有を促進 |
⑥ 高次脳機能障害者支援センターの設置(第19条〜第23条)
都道府県知事は、以下の業務を行う「高次脳機能障害者支援センター」を指定、または自ら実施できます。
- 当事者・家族への専門的な相談対応、情報提供、助言
- 個々の特性に対応した専門的な支援
- 関係機関・従事者への情報提供及び研修
- 医療・保健・福祉・教育・労働等の関係機関との連絡調整
また、センターには秘密保持義務(第20条)が課され、都道府県知事による報告徴収・立入調査(第21条)、改善命令(第22条)、指定取消し(第23条)の規定も整備されています。
⑦ 専門的な医療機関の確保(第24条)
都道府県は、専門的に高次脳機能障害の診断、治療、リハビリテーション等を行うことができる病院・診療所を確保するよう努める義務があります。
国・地方公共団体は、これらの医療機関の相互協力を推進するとともに、支援等に関する情報提供その他必要な援助を行います。
⑧ 高次脳機能障害者支援地域協議会の設置(第25条)
都道府県は、支援体制の整備を図るため、以下の関係者で構成される「高次脳機能障害者支援地域協議会」を設置するよう努めます。
- 高次脳機能障害者及びその家族
- 学識経験者
- 医療・保健・福祉・教育・労働等に関する業務を行う関係機関及び民間団体
- これらに従事する者
協議会の役割は、地域における支援体制に関する課題の情報共有、関係者の連携の緊密化、地域の実情に応じた体制整備の協議です。
⑨ 施行日と見直し規定(附則)
高次脳機能障害者支援法の施行日は令和8年(2026年)4月1日です。今後の見直しは施行後3年を目途として、施行状況について検討を加え、必要があると認めるときは所要の措置を講じることとなっています。
その他の重要規定(第四章 雑則)
| 条文 | 内容 |
|---|---|
| 第26条 | 国民への普及・啓発:学校・地域・家庭・職域等での広報・啓発活動 |
| 第27条 | 医療等従事者への知識普及:高次脳機能障害の発見に必要な知識の普及 |
| 第28条 | 地方公共団体・民間団体への支援:情報提供その他必要な措置 |
| 第29条 | 専門人材の確保・養成:医療・福祉・教育・労働・捜査・裁判従事者への研修実施 |
| 第30条 | 調査研究等:実態把握、原因究明、診断・治療・支援方法の研究 |
| 第31条 | 大都市の特例:指定都市は都道府県の事務を処理可能 |
法案成立に尽力した山本博司氏の功績
高次脳機能障害者支援法の成立には、山本博司 元 参議院議員(公明党)の長年にわたる尽力がありました。
山本氏は、2019年1月に公明党「高次脳機能障害等支援対策プロジェクトチーム(PT)」の座長に就任。それから約10年以上、高次脳機能障害のある方の支援に取り組んできました。
主な活動としては以下の3点です。
- 全国各地の当事者・家族会との交流:NPO法人日本高次脳機能障害友の会の全国大会(高知、三重、広島、香川など)に出席し、当事者の声を直接聴取
- 与党勉強会の開催:自民党との勉強会を重ね、法整備に向けた議論を推進
- 超党派議員連盟の設立:2025年4月に「高次脳機能障害の支援に関する議員連盟」を発足させ、幹事長として法案成立を牽引



山本博司 元 参議院議員はパパゲーノ Work & Recoveryにも見学に来られたことがあります!


法案可決時のコメント
高次脳機能障害者支援法案の可決の際にXでも山本氏は10年以上前から切実な声を聞いて動いてきた旨を述べています。
当事者団体「日本高次脳機能障害友の会」からの謝意
公明党のホームページによると、日本高次脳機能障害友の会の片岡保憲理事長は、公明党の尽力に謝意を表明。「公明党が何度も現場に足を運んで声を届け、実効性のある法律になった。地域の支援格差の是正に向かってほしい」と語りました。
また、本法律の意義について「社会が自分事として手繰り寄せる想像力をもって、高次脳機能障害を真に理解するきっかけになる」と述べています。
高次脳機能障害者支援法が障害福祉サービスに与える影響
高次脳機能障害者支援法の成立により、障害福祉サービスの現場にも今後変化が見込まれます。
1番期待されるのは「地域による社会資源の差」が減ることです。これまで高次脳機能障害者への支援は、障害者総合支援法の枠組みの中で「精神障害」として位置づけられ、必ずしも障害特性に応じた専門的支援が届きにくい状況がありました。
この法律により都道府県ごとに支援センターや地域協議会が整備されることで、どの地域にも、高次脳機能障害のある方を支える社会資源が広がっていくことになります。また、就労継続支援B型事業所などの障害福祉サービス事業者にとっても、専門機関との連携や職員研修の機会が拡充されることが期待されます。



法案成立をきっかけに、高次脳機能障害に関して学ぶ機会も増えていきそうです。
高次脳機能障害のある方への支援の輪が広がる
高次脳機能障害者支援法の成立は、長年にわたり「見えない障害」として支援が行き届きにくかった高次脳機能障害のある方にとって、大きな前進といえます。これまで高次脳機能障害者への支援は障害者総合支援法の枠組みの中で行われてきましたが、単独の法律として位置づけられることで、より専門的で体系的な支援体制の構築が期待されます。
超党派議員連盟の尽力により、各自治体の施策の実施状況公表に関する規定が盛り込まれるなど、実効性のある法律となった点は評価されるべきでしょう。
この法律をきっかけに、高次脳機能障害のある方への支援の輪が広がることを願っています。










